月の下まで

2013/07/25 映画美学校試写室
自閉症の息子を抱えた中年漁師が選ぶ家族の生きる道とは。
高知県を舞台にしたローカルムービー。by K. Hattori

13072502  日本各地で映画撮影を誘致する動きが活発になっている。役所の中に専用窓口を作って、かなりの成功を収めている自治体もあるようだ。だがそうして作られた地方発の映画の中に、地方で撮ることの必然性を観客に感じさせる作品がどれだけあるだろう。東京近郊では難しい大がかりな撮影でも、フィルムコミッションが仲立ちをしていろいろと融通を利かせてくれるというのは確かにメリットだが、それは作り手の都合であって観客にはあまり関係がない。物語の舞台が地方になっていても、東京からスタッフとキャストを丸ごと運んで、地方の風景だけ借りているような映画も多い。こういう映画は地方でロケをしても、その地方の匂いがしないのだ。

 本作『月の下まで』は、高知県幡多郡黒潮町でロケしたローカルムービーだ。主人公は漁師をしている男やもめの中年男で、彼とその周辺の人間関係の物語。大げさな話は何もない。地味な生活を営む、ごく普通の家族のドラマになっている。どんな家庭も大なり小なりその家庭独自の問題を抱えているように、主人公の家庭もちょっとした問題を抱えている。それは高校生の息子が自閉症で、生活全般に周囲の人間の支えを必要とすることだ。主人公は漁師だから、海に出ている間は息子の問題に関われない。妻が家を出てしまった後は家のことを母に任せているが、その母の様子が最近どうもおかしいという話を仲間たちに聞いていた矢先、その母が事故で死んでしまう。手のかかる子供を抱えたまま、主人公は漁に出られなくなってしまう。漁師が漁に出られなければ飯の食い上げだ。船のローンも残っている。主人公と息子の暮らしは、あっと言う間に追い詰められてしまう。

 出演している俳優たちは、ほとんどが東京でオーディションされた俳優たちだ。高知県が舞台の映画だが、高知県の俳優はほとんどいない。だがこの映画には、ローカル色が濃厚に立ちこめている。登場人物たちの誰もが、その土地で生まれ育って何十年も暮らしてきたような「土地の匂い」を漂わせている。ここでは風景が借り物ではなく、登場人物たちと一体化したもうひとりの主役になっている。

 監督の奥村盛人は岡山出身だが、高知大学を卒業して高知新聞社に勤務し、8年間の記者生活を送ったのだという。学生時代も含めれば、10年以上を高知で過ごしているのだ。映画の舞台になった黒潮町は記者時代に担当していた地域のひとつであり、この映画の着想はそんな記者時代に得たものだという。この映画の根っこは、やはりその土地にあるのだ。東京の映画作家が「どこかの地方」として場所を選んだわけではないし、ロケーション撮影の便宜を優先して選ばれた場所でもない。作り手が「その場所」と「その場所で暮らす人々」を想定して作り上げた映画であることが、この映画の強いローカル色につながっているように思う。

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6月22日公開 TOHOシネマズ高知
9月14日公開予定 ユーロスペース
配給:シネフォリア 配給協力:ユーロスペース
2013年|1時間36分|日本|カラー|16:9|ステレオ
関連ホームページ:http://www.tsuki-movie.com
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