愛、アムール

2013/01/18 松竹試写室
ミヒャエル・ハネケ監督が描く老老介護とその結末。
カンヌ映画祭パルムドール受賞作。by K. Hattori

Amour  パリの高級アパートに住むジョルジュとアンヌは、演奏家や音楽教師として多くの弟子を育ててきた音楽家夫妻だ。今は仕事からも引退し、夫婦ふたりで悠々自適の気ままな暮らしをしている。だがその平和な毎日は、アンヌの発病で一変してしまう。突然病気の発作を起こしたアンヌは、手術のかいもなく半身不随の不自由な体になってしまう。「もう二度と病院には戻りたくない」と言うアンヌの願いを聞き入れ、自宅で妻の介護を始めたジョルジュ。リハビリの結果少し歩ける程度にまで回復したアンヌだったが、回復への期待も空しく二度目の発作が彼女を襲う。これによってアンヌは完全に寝たきりになったばかりでなく、重度の認知症で家族の顔さえわからなくなってしまう。ジョルジュはそれでも、アンヌに献身的な介護を続けるのだが……。

 カンヌ国際映画祭の常連である、ミヒャエル・ハネケ監督の最新作。ハネケ監督は2009年の『白いリボン』に続き、本作で2度目のパルムドール(最高賞)を受賞している。主演は『男と女』(1966)のジャン=ルイ・トランティニャンと、『二十四時間の情事』(1959)のエマニュエル・リヴァ。老音楽家夫婦の娘役で、ハネケ監督の『ピアニスト』(2001)に主演したイザベル・ユペールが顔を出している。

 物語の導入部にあるコンサートホールの場面を除けば、映画のほとんどはジョルジュとアンヌの暮らすアパートの中だけで進行する。アンヌが最初の発作を起こした後に病院のシーンなどを入れたくなりそうだが、それを省略してカメラを同じアパートに戻し、ジョルジュと娘の会話で病院で受けた説明や手術の経過を済ませてしまう。さらにその後にアンヌが退院して部屋に戻ってくる場面になり、やはり主人公たちはアパートの部屋から外に出て行かない。こうしてカメラをアパート内だけで動かすことで、このアパートが主人公たちにとって世界のすべてになる。しかし空間的に閉じた小さな世界の中でもあまり閉塞感を感じさせないのは、主人公たちの世界が「今この時」に留まっていないからだろう。認知症を起こして精神が退行し始めたアンヌの心は幼女に戻ってしまい、同じアパートの中に暮らしていても、その心はジョルジュとはまったく違う世界に飛び出してしまう。夫婦が「アヴィニョンの橋の上で」を一緒に歌うシーンは、切ないながらも幸福な名場面だと思う。

 挑発的な作風で常に物議を醸すミヒャエル・ハネケの作品としては、直接的な暴力シーンがあまりない映画に思えるかもしれない。しかしここでは病気がひとりの人間の肉体と人格を徹底的に破壊し、家族の生活まで根こそぎ奪い取っていく様子が描かれている。ここに描かれている暴力は、ハネケ監督がこれまで描いてきた暴力に比べて決して小さなものではないだろう。むしろここにある凄まじい暴力は、誰もが身近に遭遇しうるという点で、最も恐ろしい暴力なのかもしれない。

(原題:Amour)

Tweet
3月9日公開予定 Bunkamuraル・シネマ、銀座テアトルシネマ、新宿武蔵野館、吉祥寺バウスシアター
配給:ロングライド 宣伝:クラシック、PALETTE
2012年|2時間7分|フランス、ドイツ、オーストリア|カラー|ビスタ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://ai-movie.jp
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
サントラCD:愛、アムール
サントラCD:Amour
ホームページ
ホームページへ