八月の鯨

2013/01/15 岩波ホール
リリアン・ギッシュとベティ・デイヴィスが老姉妹を演じる。
岩波ホール45周年記念リバイバル公開。by K. Hattori

Hachibatsunokujira  岩波ホール開館45周年を記念して、1988年の大ヒット作『八月の鯨』がリバイバル公開される。この映画が最初に公開された1980年代はミニシアターブームで、良質な作品を単館上映してロングランさせるという興行スタイルが都内各地で定着しつつあった。この映画は岩波ホールでのべ31週間のロングランとなり、翌年にはシネスイッチ銀座で『ニュー・シネマ・パラダイス』が40週のロングランになっている。今となっては夢のような話だが、岩波ホールは『八月の鯨』の大ヒットで、「老人向け映画」というそれまで日本の興行界で誰も考えなかった新しい鉱脈を掘り当てたのだ。

 『八月の鯨』は映画評論家の淀川長治さんが絶賛したことなどもあり、世界中でも日本でだけヒットした作品だと言われている。監督は『if もしも…』のリンゼイ・アンダーソン。主演はサイレント時代の巨匠D・W・グリフィス監督作品の常連だったリリアン・ギッシュと、1930年代からハリウッド映画のスター女優となった『イヴの総て』や『何がジェーンに起こったか』のベティ・デイヴィス。ロジャー・コーマンのポー作品シリーズなどで知られるヴィンセント・プライスなど。IMDbではこの映画の画面サイズを1.85:1のビスタサイズとしているが、今回の上映ではそれより上下が広いスタンダードサイズでの上映となる。ニュープリントでの上映だが、字幕は初公開時に用いられた新藤光太の日本語訳をそのまま再現しているという。

 大西洋を望むメイン州の島にある、小さな別荘が物語の舞台だ。ベティ・デイヴィス演じるリビーと、リリアン・ギッシュ演じるその妹セーラは、毎年夏になるとこの別荘にやって来る。目の見えないリビーは年々気難しくなり、セーラに当たり散らしたり、周囲の人に毒舌を吐いたりする。特に大きな事件が起きるわけではない。別荘に何人かの人が出入りし、姉妹と時を過ごし、会話を交わし、別れていく。話題は昔の思い出話が多いが、同じ記憶を共有できる人たちも、年々少なくなっていく。ヴィンセント・プライスが演じる、ロシアの亡命貴族マラノフが憐れだ。彼は一族で革命から逃れてきたのだが、ロシア時代の思い出を語り合える相手は、もうこの世に誰もいない。夏が終わりに近づき、彼は島を去って行く。来年はもうこの島を訪れることもないだろう。姉妹たちとはこれが最後の別れだ。

 この映画の登場人物たちは、自分たちの過去ばかり観て暮らしている。未来にあるのは、人生の幕を引く死だけだ。しかし死について考えるのは気が重いので、過去について語る。思い出話を語る。亡くなった家族に語りかける。だがそれは二度と戻っては来ない。島の入江に鯨が戻ってこないのと同じで、去ってしまった者は二度と戻らない。もとは舞台劇だというが、ロケーション撮影と役者の演技で映画らしい映画になっている。

(原題:The Whales of August)

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2月16日公開予定 岩波ホール
配給:アルシネテラン
1987年|1時間31分|アメリカ|カラー|スタンダード
関連ホームページ:http://www.iwanami-hall.com
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:八月の鯨
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