ブワカウ

2012/10/24 TOHOシネマズ六本木ヒルズ(ART)
死に取り憑かれたゲイの老人と愛犬ブワカウの交流。
笑いあり涙ありのフィリピン映画。by K. Hattori

Bwakaw  一人暮らしをしている老人レネは、定年になった今でも以前勤めていた職場に通勤している。ゲイのレネに家族はいない。通い慣れた職場で昔からの仲間たちの世話を焼いたり、弁当を食べながら世間話をするのが彼の人生にとって数少ない楽しみなのだ。そしてもうひとつ、彼に大きな楽しみを与えてくれるのが愛犬ブワカウの存在だ。レネの生活はシンプルそのもの。あとは死ぬのを待つばかりだ。彼は最低限の家具だけを身の回りに置き、自分がいつ死んでもいいようにと身辺整理に余念がない。心配なのは自分の死後に遺品をどう分配するかで、頻繁に遺言状を書き換えては教会に出かけて神父に最新版を託している。

 『太陽と死はじっと見つめることができない』とラ・ロシュフコーは言い、誰もが自分自身の死については目を背けたがる。しかしある程度の年齢になった人にとって、死は身近にあるリアルな問題であり、誰もがそれを無視して生きることはできない。急速に高齢化している日本では、年を取っても元気でピンピンしているが、死ぬ時は長患いして苦しんだり家族に手をかけたりすることなくコロリと往生することが老いと死の理想とされている。ぴんぴんころりを略して「ぴんころ」、もしくは「PPK」などとも言われる。高齢者がエンディングノートを書くことも流行し、今では出版社や文具メーカーから何種類かのノートが発売されている。この映画の主人公レネの生活は、日本の老人たちの周囲にある事情とも重なり合うように思う。レネは今も元気で働き続け(死ぬまでぴんぴん)、それでいながら自分が急に死んだ時に備えて(ころりと死ぬ)、死後の身辺整理について事細かな指示(エンディングノート)を神父に託している。

 レネは必ずしも人当たりのいい老人ではなく、偏屈で気むずかしく、意地悪で頑固でもある。バイクタクシーの運転手とケンカをしたり、周囲の人に憎まれ口を利いたりする。どちらかと言うと欠点だらけなのだ。しかしこれがレネというキャラクターを膨らませている。演じているエディ・ガルシアがじつにいい。老人の今の話だけでなく、レネとかつての恋人との物語を織り込んで、時間的な奥行きを持たせている脚本の構成も見事だ。これがあるとないとでは、物語の厚みがまったく違ってくる。レネの晩年の人生は、昔の恋人に対する贖罪でもあるのだ。

 レネと親しかった元同僚が突然亡くなったところを折り返し点にして、映画の後半はレネの新しい恋と、愛犬ブワカウの病気が同時進行して行くことになる。人生の中で最も嬉しい出来事と、人生の中で最も悲しい出来事が一緒にやって来るという皮肉。だがこうした悲劇の中で、レネは改めて自分の人生と向き直るのだ。これまでの人生。そしてこれからの人生。映画はハッピーエンドだろう。痛みを伴った人生。しかしそれが人間らしい、本当の人生なのだ。

(原題:Bwakaw)

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10月23日・26日上映 TOHOシネマズ六本木ヒルズ
配給:未定
2012年|1時間50分|フィリピン|カラー
関連ホームページ:http://2012.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=95
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