大草原の独身男

2011/10/28 シネマート六本木(スクリーン4)
セルビア人兄弟の嫁取り奮闘記に東欧の貧しさを見る。
ヨーロッパは一筋縄ではいかない。by K. Hattori

Tiff2011  セルビアの山間部にある小さな村で、先祖伝来の農業を営む三兄弟。3人とも30代になって髪も薄くなってきたが、兄弟揃って全員が独身だ。村の人口は三兄弟を含めて数えるほどだが、その中に女性はゼロ。多くの村人は村を捨てて町に出て行き、二度と帰ってこない。「男ばかりの方が気楽でいい」と言ってはみても、近所で一人暮らしをしている老人の寂しい暮らしぶりに自分たちの未来を見る思い。ふもとの村で暮らす友人は、隣国アルバニアで若い嫁さんをもらって幸せそうに暮らしている。このまま待っていてもラチはあかない。自分もアルバニアに行って女房を探すぞ!と決意した長男は、本格的な婚活をスタートさせるのだが……。

 都市化で離農者が増え、農村が過疎化して、嫁不足になるという構図は万国共通なのだろうか。この映画はセルビアの今の姿を取材したドキュメンタリーだが、まるで日本のどこかの小農村を取材した映画であるかのような気分にさせられるのだ。日本の農村が最初に嫁の確保に向かったのは、韓国や中国だった。それらの国がそこそこ豊かになると、次はフィリピンやタイの女性がお嫁さん候補になった。世界に経済格差がある限り、こうした人の移動は必ずある。地方自治体が地元の農民たちのためにお見合いパーティを企画したり、ボランティア団体や中間業者が仲介したりするのも同じ。お見合いパーティに出てくる独身男が、とても青年とは呼べないような中高年層ばかりなのも同じだろう。

 ただしこの映画に出てくる三兄弟には、「先祖伝来の農業を俺の代で潰してしまうのは許されない」といった切迫感はない。農業をしてはいても、土地や仕事に対する執着や悲壮感がそれほど感じられないのだ。「結婚したいなら家と農地を手放して町に出ろ」と兄弟の友人がアドバイスすると、長男はそれにまんざらでもない様子。弟のひとりは「兄貴が結婚するなら俺はここを出て行く」と言うし、別段これといって農家の仕事に愛着があるわけでもなさそう。これなら案外ころりと転業して、嫁さんをゲットできるかもしれないなと思わせる。

 映画の中で主人公が必死になればなるほど、真剣であればあるほど観客にとって面白いのは、コメディ映画の定石だ。『人生はクロースアップで見れば悲劇、ロングショットで見れば喜劇』とは喜劇王チャップリンの言葉だが、この映画は「農家の兄弟に嫁が来ない」という悲劇に適度な距離を取りながら、巧みな語り口でユーモラスな喜劇に仕立ててみせる。しかしここに描かれている出来事がどんなに面白おかしかろうと、その下にあるのは紛れもない悲劇なのだ。誰が好き好んで、言葉も習慣も文化も違う外国から配偶者を得たいと思うだろう。誰が好き好んで、言葉も通わぬ外国に嫁いでゆきたいと願うだろう。この映画は三兄弟のドタバタ騒ぎを通して、冷戦瓦解後の東欧が抱える「貧しさ」を暴き出しているのだ。

(原題:Village Without Women)

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第24回東京国際映画祭 natural TIFF supported by TOYOTA
配給:未定
2010年|1時間23分|クロアチア、フランス|カラー
関連ホームページ:http://2011.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=207
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:大草原の独身男
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