『キッチン・ストーリー』『ホルテンさんのはじめての冒険』など、のんびりとしたムードの中で辛辣な人性模様を描くベント・ハーメル監督の新作。クリスマスを迎える人々の人生悲喜こもごもを、例によってのんびりしたムードで描いている。ただし描かれている内容はいつにも増して辛辣で残酷だ。クリスマスの暖かくて柔らかなイメージとは無関係に、人々はちょっとやそっとじゃ奇跡など起こりようのない現実の今この時を生きている。
映画の中で複数のエピソードが同時進行して行く群像劇風のオムニバス映画で、形式としては『ラブ・アクチュアリー』(これもクリスマス映画)に似ている。ただし出演者にハリウッド映画でも有名な俳優を揃えて要所要所でエピソードの差別化を図っていた『ラブ・アクチュアリー』と違って、この映画はエピソードの区別が付きにくい。ノルウェー人の観客なら映画やテレビに出演している「馴染みの顔」なのかもしれないが、こちらにはそうした予備知識がないのですべてのエピソードの印象が浅くなってしまう。話の面白さで物語の中に引っ張り込まれそうになると、そこでパッと別のエピソードに話が切り替わってしまい、なかなか映画の中に入っていけないのだ。これが映画そのものの欠点なのか、それとも映画が想定している観客とそうでない観客の間で生じるギャップの問題なのかはわからない。2度3度と繰り返し見て行けばそうしたギャップも消えていくのかもしれないが、この映画には問答無用で観客を引き付けるキャッチーなエピソードも存在しない。それが監督の個性でもあるので、これをどうにかすればいいとも限らない。
映画の中に観客を押しとどめておく仕掛けとしては、映画冒頭で狙撃されそうな少年と母親のエピソードを途中で断ち切り、映画のラストでその後の顛末を描くというものがある。分断されたエピソードを冒頭とラストに持ってきて、間に複数のエピソードを挟み込む形。しかも映画の最後には、冒頭のエピソードがその後のひとつのエピソードの前日譚になっていることがわかる。ただしこの仕掛けはその前後にある映像スペクタクルと効果を相殺し合っているようにも見えて、脚本の企てが上手く実っているとは思えない。
オムニバス映画の場合、複数のエピソードのうちのどれかひとつでも面白ければそれでOK。この映画の場合は、中年不倫カップルの話がひどく通俗的ながら面白い。これはエピソードの締めくくりを言葉で説明せず、俳優たちの芝居に完全に委ねてしまったところがいい。その後の彼らがどうなるのかは、観客の想像にお任せなのだ。そしておそらく誰もが気に入ると思うのが、故郷を逃れてきた若いカップルに赤ん坊が生まれる話。このエピソードは、旅の途中に家畜小屋で生まれたイエス・キリストの物語のバリエーションなのだ。生まれた子供は、外国人の客から大きなプレゼントをもらうのである。
(原題:Hjem til jul)
DVD:クリスマスのその夜に
関連DVD:ベント・ハーメル監督 |