必死剣鳥刺し

2010/07/14 楽天地シネマズ錦糸町(CINEMA 4)
藤沢周平の原作を豊川悦司主演で映画化した本格時代劇。
クライマックスの殺陣はすごい迫力。by K. Hattori

Torisashi  東北海坂藩の物頭・兼見三左エ門は、藩主の愛妾・連子を衆人環視の城中で刺殺した。藩主の寵愛を一身に受ける連子は、逼迫する藩財政を無視して贅沢三昧。藩政にもしばしば口を出すその横暴な態度に、領民や家臣たちの間からは怨嗟の声が漏れてきていたのだ。とはいえ三左エ門の行為は、普通なら斬首、よくても切腹を覚悟した上での行動。しかし思いがけない藩主の計らいによって下されたのは、1年間の閉門と禄高半減というごく軽い処分だった。閉門が解けた三左エ門は、間もなく藩主側近である近習頭取に大抜擢される。だがこうした「寛大な処遇」の背後には、藩主と家老による大きな陰謀が隠されていた……。

 藤沢周平の連作短篇「隠し剣」シリーズ中の一篇を、平山秀幸監督が豊川悦司主演で映画化した本格時代劇。同じ短編集からは山田洋次監督も『隠し剣鬼の爪』や『武士の一分』を作っているのだが、今回の映画はそれよりずっとハードボイルド。山田監督が主人公の行動原理を家族愛や夫婦愛といった情愛と結びつけているのに対して、『鳥刺し』の主人公はそうした情愛とは無縁の立場にいる。彼は妻を病気で失ってから、武士として自分がいかに死ぬかにばかりこだわっているように思える。しかし「武士として死ぬこと」は、藩命や主命や大義といった封建的上意下達の世界とは無縁のものだ。それは映画の冒頭、主人公が藩主の意向をまったく無視して愛妾刺殺という挙に出たことからもわかる。三左エ門にとって「武士としての死」は、自分自身だけが納得できればそれで済むという、周囲とは完全に孤立した孤独な死なのだ。

 クライマックスの殺陣がスゴイと評判になっている映画だが、これは確かに一見の価値ありだと思う。豊川悦司と吉川晃司の一騎打ちも息詰まるような迫力があるし、その後の多勢に無勢の大乱闘は悲壮な美しさを感じさせる。この乱闘シーンは、市川雷蔵の『薄桜記』のラストシーンに匹敵するかもしれない。己が死ぬとわかっていても、その死を通してしか己の生き方を示せない武士の悲しい最後だ。「死の中に己の生を示す」という点では、三左エ門と斬り合うことになる別家・帯屋隼人正も同じだろう。腰の大小をそのままにして殿様に強引に面会を申し込むなど正気の沙汰ではなく、その意図や理由はどうであれ厳重な処分は免れない。隼人正も「死ぬ気」で事に及んでいる。彼もまた自分自身の武士としての死に場所を探すかのように、三左エ門と壮絶な斬り合いを演じることになるのだ。その斬り合いの向こうに、一体何があるというのか? 用意周到に張りめぐらされた陰謀の縄目の中で、三左エ門も隼人正も小さなコマに過ぎない。だが一寸の虫にも五分の魂ということがある。

 トヨエツもなかなかよかったのだが、僕はそれよりも、帯屋隼人正を演じた吉川晃司の存在感に驚かされた。大河ドラマで信長を演じているという下地はあるにせよ、これにはたまげた。

7月10日公開 丸の内TOEIほか全国ロードショー
配給:東映
2010年|1時間54分|日本|カラー
関連ホームページ:http://www.torisashi.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:必死剣鳥刺し
原作:隠し剣孤影抄(藤沢周平)
主題歌CD:風に向かう花
関連DVD:平山秀幸監督
関連DVD:豊川悦司
関連DVD:池脇千鶴
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関連DVD:戸田菜穂
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