これが監督デビュー作となるトム・フォードは、グッチやイヴ・サンローランのクリエイティブ・ディレクターを経て、現在は自分のブランドを立ち上げている有名なファッションデザイナーだという。僕自身はその手の世界にまったく疎い素人なのだが、ファッション業界に興味がある人には有名な人らしい。要するに「異業種参入監督」なわけだが、もともと映画には強い意欲を持っていたようで、2004年にグッチとイヴ・サンローランのクリエイティブ・ディレクターを辞任した後、自分のファッション・ブランドを立ち上げるより先に映画製作会社を作ってしまった。今回の映画はその会社の第1回作品でもある。原作はクリストファー・イシャーウッドの同名小説。フォードはこれを自ら脚色して、映画用のシナリオに仕上げている。主人公が朝から一日中自殺することを考えているというのが物語の核だが、これは映画のための新しいアイデアだという。
物語の舞台は1962年のロサンゼルス。大学で英文学を教えるジョージは、16年間共に暮らした恋人ジムを交通事故で亡くして以来、生きる喜びも意欲もない毎日を送っている。この生活に終止符を打つには、もはや自ら死を選ぶしかない。真面目で几帳面な性格のジョージは、そのためにありとあらゆる準備を整える。この物語は、ジョージにとっての「最後の1日」を描いている。主人公ジョージを演じるのはコリン・ファース。愛する者を喪失した孤独な男の心情を、丁寧に演じきって好感が持てる。その親友チャーリー(若き日の恋人でもある)を演じたジュリアン・ムーアも良い。
主人公は同性愛者なのだが、同性愛者だからどうしたという話ではない。これは共に生きてきた愛するパートナーを失ったひとりの人間が、目前に迫った自分自身の「老い」とどう向き合っていくかという物語だ。たぶんこれと同じテーマは、中年男が妻に先立たれるという話でも可能なはず。しかし主人公がごく普通の異性愛者であったら、同じ話はまったく別の方向に誘導されていくかもしれない。例えば「子供」の問題がある。16年も一緒に暮らしている夫婦なら、子供がいてもおかしくない。そうなれば「子供と生きる」という話がそこから派生する。子供がいなければいなかったで、「もしも子供がいれば」という話が出てくる。あるいは中年男が妻に先立たれてガックリという話から、周囲が後添えを世話しようとお節介を焼くという話が出てくるかもしれない。でもこの映画は、そうした「妻に先立たれた男」にありがちな話を、主人公を同性愛者にすることですべてシャットアウトしてしまう。主人公は完全に孤立してしまうのだ。愛する人との思い出を語り合う家族さえいない。主人公はたったひとりで、愛する人の死を味わい、自分自身の未来と向き合わねばならない。同性愛者という設定が、物語のテーマを純化しているのだ。
(原題:A Single Man)
DVD:シングルマン
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