アルゼンチンタンゴ

伝説のマエストロたち

2010/05/24 京橋テアトル試写室
1950年代のタンゴブームを支えた大スターたちが半世紀ぶりの再結集。
タンゴ版『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』。by K. Hattori

Maestros  19世紀半ばに南米アルゼンチンのブエノスアイレスで庶民の間から生まれたタンゴは、1920年代にレコード録音技術の進歩で最初の黄金時代を迎え、その後世界恐慌の影響などで一時低迷したものの1940年代から50年代に第2の黄金時代を迎えることになった。しかし1960年代以降は、ロックの隆盛に巻き込まれてタンゴも衰退。1980年代にブロードウェイ・ミュージカル「タンゴ・アルゼンチーノ」がヒットしたり、アストル・ピアソラの楽曲がクラシック演奏家に取り上げられて脚光を浴びたりしたものの、タンゴがかつてのような庶民的人気を取り戻すには至っていない。

 この映画はそんな時代の中で、古き良きタンゴ黄金時代の名演奏家や名歌手たちを一堂に集めてレコーディングとコンサートを行おうとする人々の記録。登場するのは半世紀以上前のタンゴ黄金時代に、一世を風靡したミュージシャンたち。今は老人になっている彼らだが(最高齢はなんと96歳!)、個性と自己主張の激しい一癖も二癖もある彼らを迎えるにあたって、音楽プロデューサーたちは「地雷原を歩くようなものだ」と笑う。録音スタジオの中で地雷のひとつでも爆発すれば、それでこのプロジェクトは瓦解してしまうだろう。音楽家としての技術や技能も高いが、彼らはプライドもまた人一倍高いのだ。映画の中にはミュージシャン同士の衝突シーンはほとんど描かれていないのだが、映画に移っていないところでスタッフはずいぶんと気を遣ったり気をもんだりしたこともあったのではないだろうか。

 映画の前半から中盤までがレコーディング、終盤にコンサートがあるという流れ。レコーディングの合間にミュージシャンたちの日常の姿やインタビュー、回想談や古い映像資料を折り込み、映画全体としてアルゼンチンにおけるタンゴの歴史が浮かび上がってくる仕掛けになっているのは見事なものだ。出演しているミュージシャンたちは1940年代〜50年代に活躍した人たちがほとんどだが、彼らが自分たちにとって憧れや目標だったタンゴ奏者や歌手たちについての思い出を語ることで、この映画は1920年代の第1次タンゴブームまでを包括した、20世紀のアルゼンチンタンゴ史とでも呼べそうな映画に仕上がっているのだ。それを図解や絵解き、押しつけがましいナレーションなどではなく、ベテラン音楽家たちの肉声で再現しているところが素晴らしい。

 タンゴは古い世代から、新しい世代へと引き継がれていく。映画に登場する音楽家たちも、タンゴの技術と心を先人たちから引き継いだ。そして今また、老いた音楽家たちの技術と心は新しい若い世代へと引き継がれていく。レコーディングやコンサートには若いミュージシャンも加わっているのだが、そうした若手が大先輩に向ける尊敬の眼差しと、自分の子や孫のような若手世代を優しく見つめる巨匠たちの眼差し。ここにはタンゴの過去と未来がある。

(原題:Cafe de los maestros)

6月26日公開予定 Bunkamuraル・シネマ
配給:スターサンズ 配給協力:ビターズ・エンド 宣伝:メゾン
2008年|1時間32分|アルゼンチン|カラー|1:1.85|ドルビーSRD & SR
関連ホームページ:http://starsands.com/tango/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:アルゼンチンタンゴ 伝説のマエストロたち
関連CD:Cafe de los maestros
関連DVD:ミゲル・コアン監督
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