クロッシング

2010/03/10 松竹試写室
北朝鮮から脱出しようとする親子の過酷な旅を描く。
映画後半は涙腺から涙が噴出する。by K. Hattori

Crossingu  北朝鮮の炭鉱で働くヨンスは、元サッカーの花形選手。今は妻と11歳のひとり息子ジュニと3人で暮らしている。生活は貧しいが、炭鉱町の素朴で堅実な暮らしの中には笑いが絶えない。だがそんな暮らしは、妻の病気で一変してしまう。妊娠中の妻が結核にかかったのだ。だが北朝鮮では薬が手に入らない。共働きだったヨンスの家は、妻が倒れてから収入半減で極貧に転落。売り食いでしのいでも、このままでは一家全員が餓死してしまう。中国に渡って薬を手に入れるのだ。一家が生き残るために、ヨンスは命がけで国境を渡る。だがそこで手違いが起きた。ヨンスは「インタビューに応じればまとまった金がもらえる」という話に乗ったばかりに、韓国への亡命者になってしまったのだ。これでは北朝鮮に帰れない。その頃北朝鮮の家では、夫の帰りを待つ妻が静かに息を引き取り、息子ジュニは父に会うため中国国境を目指して歩き出した。しかし国境警備の兵士に捕まり、ジュニは強制収容所に送られてしまう。

 北朝鮮からの「脱北」を、じつにリアルに描いた映画だと思う。僕自身は脱北をテーマにした映画を他に観ているわけではないので比較のしようがないのだが、これは映画に描かれている登場人物たちの心情や状況説明が、脱北問題についてまったく素人で部外者である僕のような人間にとってもリアルに感じられたという意味だ。どんなに貧しくても、どんなにおかしな政治体制下にあっても、そこで暮らす人々は常に「ささやかな幸せ」を手にしている。それは戦時中の日本でも、ナチス政権下のドイツでも、フセイン時代のイラクでも、現在の北朝鮮でも同じことだろう。人がその体制下で「大多数の国民」の側に属している限り、そうそう滅多に迫害されたり拷問を受けたりするようなことはない。しかし「大多数」から「少数派」への転落は、ごく些細なことから起きる。この映画の場合、それは妻の病気った。家族みんなが健康であったなら、ヨンス一家はそのまま北朝鮮で「ささやかな幸せ」を抱えながら一生を送ったかもしれない。だがそうした場所から、主人公たちはあっと言う間に転落してしまう。

 脱北に至る過程については色々とドラマチックなエピソードがあるし、そこに描かれている事柄も「なるほど、こういう仕組みになっているのか」という目新しさもある。しかし映画はそうした情報に重点を置かず、映画の中心に「家族愛」や「隣人愛」という普遍的なモチーフを置いているのがいい。ヨンスとジュニの父と子の愛情には何度も泣かされたし、ジュニと幼なじみの少女の交流も涙が出る。監督のキム・テギュンは『火山高』ぐらいしか観ていないが、その時は凝った映像の割りには中身のない映画だと感じた。しかし今回は凝った映像表現が、見事に物語に貢献している。ジュニが廃墟の中で全身に雨を受けるシーンや、ジュニと幼なじみのミソンが自転車に乗るシーンの素晴らしさ! たっぷり泣かされました。

(原題:Crossing)

4月17日公開予定 渋谷ユーロスペース
配給:太秦
2008年|1時間47分|韓国|カラー|シネマスコープ|SRD
関連ホームページ:http://www.crossing-movie.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:クロッシング
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