孤高のメス

2010/03/10 東映第1試写室
地方ロケを生かした成島出監督のヒューマンドラマ。
ヒロインを演じた夏川結衣が良い。by K. Hattori

kokou.png  大鐘稔彦の医療小説「孤高のメス」を、『フライ,ダディ,フライ』や『ミッドナイト イーグル』の成島出監督が映画化。脚本は『クライマーズ・ハイ』の脚本で成島監督と組んだ加藤正人。原作は「メスよ輝け!!』というタイトルで平成元年から4年に渡ってビジネス・ジャンプに連載され(高山路爛原作・やまだ哲太画)、その後原作者が自ら本名で小説化したもの。「メスよ輝け!!」はその当時の医療環境を背景に現在進行形の医療ドラマとして書かれたものだと思うが、今回の映画化まで20年以上がたって医者の仕事の周辺環境も大きく変わっている。そのため今回の映画では、物語全体を「回想」として描く構成になっている。地方病院に勤務するベテラン看護師が亡くなり、東京の病院に勤務しているひとり息子が葬式のために帰ってくる。遺品を整理するうちに出てきたのが、母親のつけていた日記帳。そこには「仕事がいやでいやでたまらない」という母親の愚痴が綴られていた……。

 原作である「メスよ輝け!!」や「孤高のメス」の主人公は当麻鉄彦というスゴ腕の外科医なのだが、映画ではその人物を中心から外して、彼のチームに配属された手術看護師・中村浪子の視点からドラマを進行させていく。原作は読んでいないのだが、たぶんこれは映画オリジナルの脚色だろう。そしてこれが成功している。当麻という人物は医者としての栄誉や金より、まず目の前にいる患者ひとりひとりと向き合おうという人間。これは作者が医者の理想像として作り上げたキャラクターだろうが、立派すぎる人物は映画のキャラクターにはなり得ない。観客が感情移入するには、そのキャラクターに何らかの弱点や欠点がなければならない。だが手術中に都はるみのテープを大音響で流すとか、見合いに連れ出されたのにまるで気づかない鈍感さというのは、この「立派な人物」の前では些細な味付けにしかならず、観客が物語に入り込むためのフックにはならないのだ。

 そこで映画は、当麻という人物から少し距離を置く。地方病院の過酷な勤務にウンザリしていた看護師の浪子が、新しく赴任してきた当麻医師に出会い、困惑しながらも「命を救う」という医療本来の役目に目覚めていく姿を丁寧に描き出していく。当麻本人のキャラクターをわざと空っぽにしておいて、浪子をはじめとするチームのメンバー、病院内で当麻の足を引っ張ろうとする大学病院系医師たち、アメリカで研修中に同じ釜の飯を食ったライバル医師などの目を通して、当麻という人物を外側から丁寧に描写していく。映画の中で成長していくのは、当麻ではなく看護師の浪子だ。その成長ぶりが清々しい。

 浪子が当麻に異性として惹かれていくシーンもあるが、それをあまりベタベタ描かずエッジの立った描写でキリッと仕上げたのがいい。「先生、私も本当は都はるみが好きなんです。好きになったんです」という、あまりにも不器用な愛の告白。夏川結衣、最高です。

6月5日公開予定 全国東映系
配給:東映 宣伝:グアパ・グアポ
2010年|2時間6分|日本|カラー
関連ホームページ:http://www.kokouno-mes.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
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原作:孤高のメス(大鐘稔彦)
原作:メスよ輝け!!(大鐘稔彦、やまだ哲太)
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