息もできない

2010/01/08 松竹試写室
チンピラヤクザと女子高生の心の傷を描く韓国インディーズ映画。
低予算の小さな作品だがこれはホンモノ。by K. Hattori

Ikimodekinai  映画の中で主人公のチンピラヤクザを演じたヤン・イクチュンが、製作・脚本・監督・編集まで兼ねたインディーズ映画。この映画の脚本でシナリオコンペの賞金を獲得した彼は、助成金のほか、友人や両親からの借金でこの映画を作り上げた。2008年に釜山国際映画祭でプレミア上映。翌年にはロッテルダム国際映画祭でグランプリ受賞。その後の韓国公開では、韓国のインディーズ映画としては異例のヒットを記録したという作品だ。ほとんど無名の俳優が、チンピラヤクザの映画を自主製作して映画が大ヒットというと、金子正次の『竜二』を連想してしまう。金子正次は映画のヒット直後に亡くなったが、ヤン・イクチュンは俳優としての仕事をしながら次回作のために目下充電中らしい。

 低予算のインディーズ映画ということもあって、登場する俳優たちは無名の人たちばかり。少なくとも「韓流スター」なんて大物はひとりも出演していない。だが映画を観れば、出演者たちの演技力には舌を巻くしかない。誰もがスクリーンの中で、それぞれの登場人物として確実に呼吸し、生きているのだ。そしてこの脚本を書いてそれぞれのキャラクターを生み出した、ヤン・イクチュンの才能にも驚かされる。登場人物たちが絡み合いながら物語を先へ先へと進めていく推進力と、監督本人が演じる主人公サンフンの過去が少しずつ明らかになっていく過去への視点が絶妙なバランス感覚で交錯する、脚本の構成力。過去に縛られて今を素直に生きられなくなっている男の苦悩と、屈折した感情のせめぎ合い、時として爆発する暴力の悲しみ。凄惨な暴力描写さえも、この映画の中ではそれがもっとも適切な心情表現へと昇華している。

 主人公の父はなぜ刑務所に入っていたのか。なぜ主人公は父を憎むのか。主人公と姉の関係。主人公と事務所の社長の関係。それらを説明しなければならない部分ではきちんと説明し、観客が台詞の断片を通じて読み取れる部分については、あえて説明することなく観客が理解するまでじっと待つ辛抱強さ。

 物語は主人公サンフンと女子高生ヨニの係わりを軸に進行していくのだが、ふたりの関係は恋愛というわけではなく、友情というのでもない、ある種の同志意識のようなもので結ばれている。それは父親によって傷つけられたふたつの青春の出会いであり、愛したくても愛し方を知らない孤独な魂の出会いでもある。物語の中ではこのふたりがほぼ均等に描かれているが、物語の中心軸はサンフンの側にある。内側にたくさんの「葛藤」を詰め込んだサンフンの心を、たまたま開いていく役目を担わされているのがヨニなのだ。

 映画のラストは一種のハッピーエンドと言えるのかもしれないが、悲しいハッピーエンドだ。でもサンフンという男をここまで追い込んでしまうと、こうした決着の付け方しかなかったのかもしれない。それにしても恐るべき完成度。ヤン・イクチュンの次回作に期待。

(英題:Breathless)

春公開予定 シネマライズ
配給:ビターズ・エンド、スターサンズ 宣伝:ムヴィオラ
2009年|2時間10分|韓国|カラー|1:1.85|ドルビーステレオ
関連ホームページ:http://www.bitters.co.jp/ikimodekinai/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:息もできない
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