ピリペンコさんの手づくり潜水艦

2009/09/10 映画美学校第2試写室
ウクライナの大草原で手製の潜水艦を造ってしまった男。
処女航海(?)に向けて男は黒海を目指す。by K. Hattori

Piripenko  見渡す限り地平線が続く、ウクライナの大草原地帯。この国には「草原の潜水艦」ということわざがあるという。その意味は「絶対に不可能」なことの例え。(あるいは「まったく無意味」なものの例えだろうか。)ところがこのことわざに挑むように、ウクライナの大草原のど真ん中で潜水艦を造ってしまった男がいる。今では年金暮らしをしているピリペンコ氏は誰の助けも借りることなく、数十年かけて自宅ガレージで本物の潜水艦を建造してしまったのだ。すべてハンドメイド。大きさは軽自動車ほどで、定員は2名。しかしこの潜水艦、作ったものの近くには潜るべき海がない。最も近い海は黒海だが、そこまでは家から400キロも離れている。この映画はそんなピリペンコ氏の潜水艦が、黒海で初めて本物の海に潜るまでを記録したドキュメンタリー映画だ。

 映画はピリペンコ氏の今現在の姿だけを追い掛けて、過去を描こうとはしない。彼がなぜ潜水艦に興味を持ち、なぜ自宅でそれを手作りしようとしたのか。家族や友人、仕事仲間、近所の人たちは、そんなピリペンコ氏の姿を見てどう思ったのか。無謀な企てを止めなかったのか。頭がおかしくなったとは思わなかったのか。潜水艦の建造費には総額いくらかかっているのか。潜水艦作りの困難さ。こうしたものは、映画の中には一切出てこない。ドキュメンタリー映画のひとつの作り方として、こうした情報を周辺から取材していくのは簡単だったはずだ。ピリペンコ氏本人にインタビューしても、彼の潜水艦に対する思いや苦労話はいくらだって聞けたに違いない。ひょっとすると、そうした取材も一応は行っているのかもしれない。しかし映画はそれを割愛して、ピリペンコ氏の現在の姿と、彼が友人と一緒に黒海を目指す旅の様子だけを描いていく。

 結果として、それがこの映画の良さになっている。ピリペンコ氏から潜水艦の話を聞いたり、周辺の人たちからそのいわれを聞き出したりしても、映画はピリペンコ氏という特定個人の話に小さくまとまってしまうだけだっただろう。でもこの映画はそうした個別の話に収斂させることなく、風変わりな夢と情熱に取り付かれた男と、彼を見守る人々の物語に仕上げている。ピリペンコ氏のはまった「潜水艦作り」という趣味(道楽)はとてもユニークなものだが、周囲に誰も理解する人がいなくても趣味(道楽)の世界にのめり込んでいく人など世の中にいくらでもいるではないか。映画好きが高じて映画批評家になってしまったという僕なども、周囲から見ればかなりの変人かもしれない。ピリペンコ氏の姿は、僕から見るとまったく他人事ではないのだ。

 ピリペンコ氏の趣味はまったく理解できないのだが、僕は彼と周囲の人たちの係わりを見ていて少しうらやましい気持ちも持つ。彼の風変わりな趣味を、家族や周囲の人々が自然に受け入れている(あきらめているのかもしれないが)様子が微笑ましく思えるのだ。

(原題:Herr Pilipenko und sein U-Boot)

10月下旬公開予定 シアター・イメージフォーラム
配給:パンドラ 宣伝:エスパース・サロウ
2006年|1時間30分|ドイツ|カラー
関連ホームページ:http://www.espace-sarou.co.jp/pilipenko/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:ピリペンコさんの手づくり潜水艦
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