アニエスの浜辺

2009/07/13 松竹試写室
アニエス・ヴァルダ監督が作った映画による自画像。
誰にも決してマネできない軽妙洒脱な名人芸。by K. Hattori

Anies  映画監督アニエス・ヴァルダによる、自伝的な映像エッセイとでも呼ぶべきドキュメンタリー映画。ごく短い映像の断片を次々につないで長編にしてゆく手法は、2000年製作の『落穂拾い』の延長にあるものだが、今回の映画は素材の集め方がより広範囲にわたっている。何しろこの映画のテーマは、80歳を目前にしたアニエス・ヴァルダの人生そのものなのだ。(ヴァルダ監督は1928年生まれで、この映画を撮影中は79歳だった。)

 映画の主役はヴァルダ監督自身だが、映画はそれをありとあらゆる手法を使って多角的・多面的に描き出していく。古い写真を見せながらナレーションで語るという、ドキュメンタリー映画ではお決まりの演出ももちろんある。思い出の場所で役者を使って往時を再現するという演出も、もちろん使われている。監督が少女時代に住んでいたアパートを訪ねて、思い出の庭や思い出の風景についてコメントするというシーンもある。これらはすべて、ドキュメンタリー映画には「よくある手」なのだ。しかし監督が過去の膨大な作品を断片的に引用してくるあたりから、この映画はちょっと異様な世界に入り込んでいく。

 ここで行われているのは、監督自身による過去の作品との「対話」だ。「対話的な引用」と言ってもいいかもしれない。ヴァルダ監督の問いかけに過去の映画が答え、ヴァルダ監督に対して抱く観客の疑問に過去の映画が答えていく。ヴァルダ監督は自分自身の思い出を過去の映画を引用再構成することで映像化し、映画の中で現在と過去と、現実と虚構世界が混じり合ってひとつに融合していく。

 映画冒頭にある浜辺で鏡を並べるシーンでわかるとおり、この映画には数々の演出が施されている。映画の中には監督がアニメのネコと会話するシーンが出てくる。街頭の彫像が飼い猫にすげ替えられる、あからさまな合成ショットが出てくる。道路にトラック6台分の砂を敷き詰めて、スタッフの女性たちが水着姿で仕事をするという架空のオフィスの風景が作られている。しかしこうした監督の夢想もまた、映画の中には何の違和感もなく同居しているのだ。

 この映画で一番驚かされるのは、映画に描かれている内容ではない。この映画の撮り方、作られ方自体にもっとも驚かされる。「こんな方法でも映画が作れるのか!」「こんな方法でもドキュメンタリーと言えるのか!」と驚かされるシーンの数々。セーターをほどいて1本の毛糸玉に戻してしまうように、複雑で入り組んだ内容がいとも簡単に解きほぐされていく。撮影に入念な準備が必要なものもあったはずだが、それをさらりと、まるで即興で撮ったかのように仕上げてしまう。

 ここにあるのは、アニエス・ヴァルダという万華鏡を通して見た世界だ。手の中で万華鏡がくるくると動かされるたび、その先にある風景は予想もつかない華麗な姿に変貌してゆく。しかしどれほど変貌しようと、それもまた現実の断片には違いない。

(原題:Les plages d'Agnes)

10月10日公開予定 岩波ホール
配給:ザジフィルムズ
2008年|1時間53分|フランス|カラー
関連ホームページ:http://www.zaziefilms.com/beaches/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:アニエスの浜辺
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