恋人に会う母親と共にパリにやってきた少女ザジは、2日間だけガブリエル叔父さん家に預けられることになる。ところが楽しみにしていた地下鉄はストでお休み。ザジはキャバレーの芸人をしている叔父さんや仲間たちと一緒に、次々に騒動を巻き起こしていく。はてさて、ザジはこのパリ見物で地下鉄に乗ることが出来るのでしょうか?
ヒロインの少女ザジや周囲の奇人変人たちの巻き起こすドタバタで全編が埋め尽くされた、カラー・トーキー版のスラップスティック・コメディだ。ここには1910年代から20年代のサイレント映画黄金時代に、世界中を熱狂させたドタバタ喜劇のエッセンスがぎっしりと詰め込まれている。こうした要素はその後ハリウッド製の短編アニメ映画にも取り入れられているので、この映画から「ポパイ」や「トムとジェリー」などのアメリカ製アニメのニオイを感じる人もいるだろう。何のことはない、どちらもルーツは同じなのだ。
この映画で最もサイレント映画のムードを発散しているのは、ヴィットリオ・カプリオーリ演じるインチキ紳士ペドロだ。彼がザジとアーケードで追い駆けっこをするシーンは、台詞もほとんどなくてまさにサイレント映画風。ここで演じられるキャラクターのモデルは、サイレント期のフランス映画界で活躍した喜劇王マックス・ランデだと思う。ランデの演じるエセ紳士は、チャップリンもマネした有名なキャラクターだ。しかしランデの方があくが強くて粘着質なのだ。
この映画でチャップリンを受け継いでいるのは、フィリップ・ノワレだ。彼がエッフェル塔で繰り広げる高所恐怖症的なギャグの数々は、チャップリンの映画にルーツがある。例えばエレベーターのギャグは『街の灯』に、転落スレスレで毎回間一髪セーフとなるギャグは『サーカス』からの引用かもしれない。チャップリンが登場するなら、それと互角に相対する相棒はバスター・キートンでなければならない。カルラ・マルリエの石膏像のような無表情さは、ストーンフェイスと呼ばれたキートンの無表情さを連想させるではないか。チャップリンとキートンが所属していたのは、マック・セネット率いるキーストン社。その名物はパイ投げだ。『地下鉄のザジ』ではそれがパスタ投げに姿を変えて再現されている。
監督のルイ・マルは1932年生まれで、リアルタイムにサイレント映画を観ながら育った世代ではない。おそらく彼は仲間内の上映会やフィルムアーカイブで、自分が生まれる前に作られたサイレント映画を再発見したのだ。現代の映画学生たちが先人たちの作品を観て学ぶように、ルイ・マルも先人たちの映画を観て学び、それを自分の作品の中で自分流に再現しようとしている。サイレント映画の技法を精一杯マネし、自分流に消化しようと四苦八苦しながら大いに遊んでもいる。この映画の楽しさ、若々しさ、瑞々しさは、そんな監督自身の姿勢から生み出されているものに違いない。
(原題:Zazie dans le metro)
DVD:地下鉄のザジ
サントラCD:Zazie Dans Le Metro 原作:地下鉄のザジ(レーモン・クノー) 関連DVD:ルイ・マル監督 関連DVD:カトリーヌ・ドモンジョ 関連DVD:フィリップ・ノワレ 関連DVD:カルラ・マルリエ 関連DVD:ユーベル・デシャン |