ビルと動物園

2008/06/16 Togen虎ノ門試写室
誰かと出会うことで自分の人生を変える力をもらう。
この映画を観ると少し勇気が出る。by K. Hattori

 都内の企業で働く原田香子は、同じ職場にいる既婚男性との不倫中。郷里の父親は30歳目前になってもいまだ結婚の気配がない娘にやきもきし、強引に見合い写真を送ってきたりするが、もとより香子に結婚する気などない。そんな彼女を偶然見初めたのが、アルバイトで彼女の務めるビルの窓をふいていた音大生の大村慎。香子の姿を窓の外から眺めてどぎまぎする慎を見て、窓ふきの先輩が半ば強引にふたりのデートをセッティングしたことから、本来なら出会うはずのなかったふたりの関係が始まっていく……。

 自分の人生にウンザリしていても、そこから抜け出せないままぐずぐず過ごしてしまうことはよくある。この映画の主人公たちは、まさにそういう状況にある。女性の仕事ぶりをまったく認めない職場で下働きに甘んじながら、先行きのない不倫の恋をずるずると続けて身動きが取れなくなっている香子。卒業を前に自分の進路を決めることができず、何となくバイトに明け暮れて忙しく振る舞っている慎。でもそんなふたりが出会うことで、それぞれの人生が大きく変化する。ふたりはそれまでの自分の生き方から抜け出して、新たに自分の人生を切り開いていく。

 大切なのはこれが「恋愛映画」ではないことだ。慎は香子に好意を持ち、香子もそんな慎の気持ちがまんざらでもなく、ふたりは何度かデートのようなことをしている。でも香子は不倫相手と別れるわけじゃないし、慎と恋人同士になるつもりもなさそうだ。慎も香子に対して憧れる気持ちは持っていても、具体的に恋人になって彼女とどうこうしたいという気持ちがあるのかないのかはっきりしない。慎と香子の関係は男女の恋愛関係というより、カッコイイ女の先輩と、彼女を姉貴分として慕う弟のような後輩の関係。あるいはせいぜい、姉と弟のような関係だろう。映画の最後にふたりはまた再会するような気配ではあるが、ふたりが再会したからといって、それでふたりが恋人同士になるとは思えない。でも、この映画の場合はそれで構わないのだ。

 人間は誰かに出会うことで、自分自身を変えるきっかけをつかむことがある。それは友人や恋人という自分のすぐそばにいる人間のこともあるが、学校の先生や先輩、職場の同僚や上司、取引先など、個人的にさほど親しくない人からもふとした拍子にそうしたきっかけをもらうことがある。例えばこの映画の中では、慎とバイト先の先輩の関係がそうだ。このおしゃべり好きで世話好きの先輩は、映画の後半ですっかり物語から消えてしまう。でもこの出会いが、慎の人生に果たす役割は大きいのだ。

 人は出会いを通して自ら変わっていく。出会いは化学反応ではなく、触媒反応なのだ。香子と慎が今後結ばれたとすれば、それはそれで素晴らしい物語になるだろう。でもこの映画においては、ふたりが結ばれないところに大きな意味がある。

7月19日公開予定 ユーロスペースほか全国順次ロードショー
配給:アートポート
2007年|1時間40分|日本|カラー|ビスタサイズ|ステレオ
関連ホームページ:http://www.biru-to-doubutsuen.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
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