シッコ

2007/08/09 GAGA試写室
アメリカの健康保険制度がこれほどポンコツだとは!
しかし日本も他人事じゃないのだ。by K. Hattori

 『ボウリング・フォー・コロンバイン』でアカデミー賞を受賞し、『華氏911』でカンヌ映画祭のパルムドールを受賞した、マイケル・ムーア監督の最新作。今回のテーマは、アメリカの医療保険。アメリカの医療保険は日本のように(原則として)国民全員が加入する皆保険の制度になっておらず、利用者ひとりひとりがサービス内容を選択しながら保険会社と保険商品を選ぶ仕組みになっている。ところがこの制度では、お金のある人は手厚い保証が受けられる一方で、お金のない人たちは最低限の保証しか受けられないか、保険への加入さえできない無保険状態で放置されてしまう。

 映画はまず冒頭で、そうした「無保険」の悲惨さを紹介する。保険がないため高額の治療費が払えず、パックリと割れた膝の傷を自ら縫合する男性の姿。保険がないため、事故で切断した指の縫合で、二者択一を迫られた男性の証言。だが保険加入者にとって、こうした「気の毒な人たち」の話はしょせん他人事。大多数の人は、「我々は保険に入っているから大丈夫」と考えているのだ。だがマイケル・ムーアはそれに対して、「その保険で大丈夫ですか?」と問いかける。そして「あなた方が頼っている民間健康保険は、いざという時にまるで役にたちませんよ」と警告する。この映画は、「自分は保険に加入しているから、病気や事故にあっても大丈夫だ」と思っている人のための映画なのだ。

 この映画を観ると、保険医療を民間に委ねるアメリカの制度が、まるでポンコツ状態であることがよくわかる。保険会社、医者、製薬会社がグルになって、自らの利益のため患者を食い物にしているのだ。保険会社は契約者から保険料だけ受け取って、治療費の支払いは拒絶する。入金だけあって出金はないのだから、保険会社は濡れ手に粟の大儲け。製薬会社は患者に高価な新薬や治療に必ずしも必要のない薬を大量に投与し、これまた濡れ手に粟の大儲け。医者は保険会社や製薬会社と結託して、これら民間企業の利益に貢献した度合いに応じたボーナスを受け取る。政治家たちは保険会社や製薬会社から多額の政治資金を受け取り、業界の保護と発展に力添えしている。これらの業界を潤す財源になっているのは、病気やケガで苦しんでいる一般市民の財布だ。

 アメリカの保健医療は確かにひどい。しかしそのひどさを、あまり他人事とも思えないのが日本の現状だろう。この映画はアメリカと対比させる形で、医療費の自己負担ゼロという国を幾つか取材している。しかし日本は、この取材先にはなり得ない。日本は患者の自己負担率が3割。またさまざまな形で患者の自己負担を増やす方向に向かっているし、場合によってはアメリカ型の民間保険方式を取り入れようという動きもある様子なのだ。この映画に登場するアメリカの姿は、ひょっとすると明日の日本の姿なのかもしれない。民間医療保険会社は、日本市場への参入を狙っている。

(原題:Sicko)

8月25日公開予定 シネマGAGA!、シャンテシネ、新宿ジョイシネマ、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
配給:ギャガ・コミュニケーションズ、博報堂DYメディアパートナーズ
宣伝:ギャガ・コミュニケーションズ、ドロップ
2007年|2時間3分|アメリカ|カラー|ビスタ|ドルビーデジタル、SDDS
関連ホームページ:http://sicko.gyao.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:シッコ
関連DVD:マイケル・ムーア監督
関連書籍:医療改革
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