題名のない子守唄

2007/06/25 ショウゲート試写室
トルナトーレ監督6年ぶりの新作は極上のサスペンス。
恐くて、悲しくて、優しい映画だ。by K. Hattori

 東欧の貧しい国から、北イタリアのトリエステにやってきた女イレーナ。彼女は大通りに面した部屋を借り、通りの向かいにあるアパートで家政婦の仕事を探し始める。生活に切羽詰まっているような態度を見せるイレーナは、しかしどういうわけかポケットの中や部屋の中に大量の現金を隠し持っているのだ。間もなく彼女はアパートの管理人に賄賂をつかませ、自分の部屋から見えるアダケル家に家政婦として入り込むことに成功する。彼女の目的は何なのか? 彼女は何者なのか? 彼女とアダケル家の間に何があるのか? 彼女は過去に一体どんな体験をしたというのだろうか?

 『ニューシネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督が、2000年の『マレーナ』以来6年ぶりに手がけたサスペンス映画。トルナトーレ監督のこれまでの作品はたいていの場合、主演クラスに有名な俳優をキャスティングしていた。例えば『ニューシネマ・パラダイス』のフィリップ・ノワレ、『記憶の扉』のジェラール・ドパルデューとロマン・ポランスキー、『海の上のピアニスト』のティム・ロス、そして『マレーナ』のモニカ・ベルッチなどだ。しかし今回の『題名のない子守唄』に、そうしたスター俳優はいない。ヒロインのイレーナを演じるのは、クセニア・ラパポルトというロシア出身の無名女優。脇役を演じる俳優たちも、イタリア人ならいざ知らず、日本人には誰が他にどんな作品に出ているのかチンプンカンプン。つまり誰も知っている人がいない、地味なキャスティングなのだ。

 しかしそれは映画を観る上で、配役による予断や思いこみとも無縁でいられることを意味する。配役のイメージで観客を誘導することがまったくないだけに、この映画は観ていても先がまったく読めない。誰が重要人物で、誰がそうでもない人物なのかすらわからない。イレーナは平穏な日常の中に忽然と現れ、その平穏な日常を少しずつ歪めていく。

 ミステリー映画なので結末部分について詳しく語ることはできないのだが、ドラマとしてはイレーナとアダケル家の関係が何となく映画を観ているものにも察せられる中盤までが面白い。サスペンスというのは、出来事の結果がどこまでも先送りされていくこと。イレーナが何者で、どんな目的があったのかが観客の前に明らかにされたとき、この映画のサスペンスとしての命は失われる。『題名のない子守唄』という映画に弱点があるとすれば、それは終盤の種明かしに時間をかけすぎているという点かも知れない。ミステリー仕立ての映画だから、最後に観客の誰もが納得できる種明かしは必要なのだが、この映画のそれは、いかにも事件の絵解きになりすぎていて、それまでの徹底したサスペンスの面白味が完全に消え去ってしまっている。

 しかしこの映画は最後の最後に、観客にとっておきのプレゼントを用意しているのだ。これにはついホロリ。チャップリンの『街の灯』を思い出した。

(原題:La Sconosciuta)

今秋公開予定 シネスイッチ銀座
配給:ハピネット 宣伝:ザジフィルムズ
2006年|2時間1分|イタリア|カラー|スコープサイズ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://www.komoriuta-movie.com/
DVD:題名のない子守唄
サントラCD:題名のない子守唄
サントラCD:La Sconosciuta
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