俺は、君のためにこそ死ににいく

2007/05/14 楽天地シネマズ錦糸町(スクリーン2)
石原慎太郎が渾身の思いを込めて描き出す実録戦争ドラマ。
映画としてはやや焦点がぼやけている。by K. Hattori

 太平洋戦争末期、陸軍の特攻基地となった鹿児島県知覧で、基地近くの食堂の女将として若い特攻隊員たちから「お母さん」と慕われた鳥濱トメという女性がいる。この映画は生前の彼女とも親交があった石原慎太郎が製作総指揮と脚本を担当し、戦争という異常事態の中で若い命を散らさざるを得なかった青年たちと、彼らを黙って送り出すより他なかった周囲の人々の姿を描いた実録戦争映画だ。タカ派の石原慎太郎が特攻隊の映画を作るのだから、さぞや勇ましく雄々しい血湧き肉躍る好戦的軍事愛国譚になるのかと思いきや、中身は戦争の馬鹿馬鹿しさと空しさを哀切に綴った反戦映画になっている。

 監督は10年前にも石原慎太郎原作の『秘祭』を撮っている、沖縄出身の新城卓。特攻というのは、海と空で戦われた「沖縄戦」でもある。映画の中に凄惨な沖縄の地上戦は登場しないが、アメリカ軍の攻撃で兵士や一般人が大勢犠牲になる地獄絵図のような光景は描かれている。日本の戦争映画というのは技術的な制約もあってどこか「きれい事」になっている部分が多かったのだが、じつのところそれは、同胞である日本人が残酷に殺される場面を正視したくないという感情的配慮が働いていた結果でもあるのだろう。だがこの映画では、ごく短い場面ではあるが「戦争の現実」を観客に突きつける。艦載機の機銃掃射で手足が吹き飛び、爆撃で四肢がバラバラに引きちぎられるシーンは衝撃的だ。この場面をこれほど執拗に描いたことで、じつは物語のバランスは悪くなっている。若い特攻隊員と食堂の女将の交流という「美談」が、この凄惨なシーンによって分断されているのだ。このシーンを日本映画らしい「きれい事」にすることもできただろう。その方が映画としては、ずっとまとまりが良くなったはずだ。でもこの映画の作り手はそうしない。ここには、戦争に対する怨念のような思いが込められている。

 「特攻の母」とも呼ばれた鳥濱トメと特攻隊員の交流はよく知られた話だそうで、本もたくさん出ているし、テレビ番組で取り上げられたこともある。そうしたエピソードを知る人にとっては、今回の映画はこれまで見知った「馴染みの話」の集大成になっていることだろう。だがこれは、映画としてはどうなのだろうか。次々登場しては出撃して消えていく特攻隊員たちは、それぞれが印象に残る個性的なキャラクターとして描けていただろうか? 僕にはどうもそうは思えない。映画に登場する特攻隊員で僕が「生きた人間」を感じたのは、映画導入部に登場する最初の特攻飛行士・関大尉ぐらいのものだ。命令を下された関大尉は、その命令に反抗し、反抗しきれないと知ると苦悶する。関大尉の苦悶は他の若い特攻隊員たち全員の苦悶を象徴しているわけだが、僕は若い隊員たちから苦悶を感じることが出来なかった。岸惠子扮する鳥濱トメの人物像も、「戦中美談」の登場人物から抜け出しきれていない。

5月12日公開 丸の内TOEI1ほか全国東映系
配給:東映
2007年|2時間20分|日本|カラー
関連ホームページ:http://www.chiran1945.jp/
DVD:俺は、君のためにこそ死ににいく
DVD:メイキング・俺は、君のためにこそ死ににいく
関連DVD:新城卓監督
関連DVD:石原慎太郎
関連DVD: 岸惠子 (2)
関連DVD: 徳重聡
関連DVD: 窪塚洋介
関連DVD: 筒井道隆
関連DVD: 多部未華子
関連DVD:ホタル
関連DVD:雲ながるる果てに
関連DVD:特別攻撃隊関連
関連書籍:特別攻撃隊関連
関連書籍:知覧関連
関連書籍:鳥浜トメ関連 (2)
ホームページ
ホームページへ