バベル

2007/02/23 有楽町朝日ホール
モロッコで響いた1発の銃声から始まる人間ドラマ。
どのエピソードも痛ましい。by K. Hattori

 『アモーレス・ペロス』や『21グラム』で、オムニバス映画の新しい領域を切り開いているアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の新作。今回はエピソードのひとつに「東京編」が盛り込まれ、出演している無名の女優・菊地凜子がアカデミー賞の助演女優賞にノミネートされて話題になった。内容としては過去2作と同工異曲という感じがせぬでもなし。脚本は過去2作と同じギジェルモ・アリアガだし、音楽も同じグスターボ・サンタオラヤ、撮影もロドリゴ・プリエト。要するに全部同じメンバーで撮っているわけだから、新味を出そうにも難しかろう。「東京編」や「モロッコ編」など、地域的に新しいところに出向くのが新しさなのか。しかしこれなら僕は、メキシコだけで話が完結していた『アモーレス・ペロス』の方がいいように思うけどな……。

 物語は大きく3つのエピソードで構成されている。羊飼いの少年がふざけて撃ったライフルの弾が観光バスに命中し、たまたま乗り合わせていたアメリカ人女性が重傷を負う「モロッコ編」。この女性の家でベビーシッターをしていたメキシコ人のメイドが、息子の誕生日に出席するため預かっている子供たちをつれて国境を越える「メキシコ編」。聾唖の女子高生の破滅的な日常を追う「東京編」だ。この中でも特に「モロッコ編」は、関係がぎくしゃくしていたアメリカ人夫婦の物語と、子供のいたずらで大騒動に巻き込まれる善良なモロッコ人一家のドラマが交錯する見応えのある内容。このエピソードが映画『バベル』の軸となり、「メキシコ編」と「東京編」は周辺部を補強するエピソードになっている。

 『バベル』という映画の題名について特に説明はないが、この映画は複数の言語(その中には手話もある)で暮らす人々の姿を描きつつ、言葉のレベルを超えた人間同士の断絶を描こうとしているらしい。「らしい」と曖昧に言うしかないのは、この映画の中には人間関係の破断だけではなく、人間同士が新たに結んでいく絆のようなものも描かれているからだ。しかしこの映画にとって、そうした甘く優しい結末がふさわしいものだったのかどうか。映画のテーマからすれば、もっと突き放した、徹底したアンチ・ハッピーエンドを目指したほうがよかったのではないだろうか。案外この映画は、そうした方向を目指しつつ、最後の最後に妥協したのかもしれない。「東京編」のラストシーンを見て、ついそんなことを考えてしまう。

 各エピソードは密接につながり合っているのだが、登場人物たちがそれを知ることはない。人間は限られた知見の中で、自分の目で見た限りの小さな世界の中で暮らしている。オムニバス映画はそれを「神の目」で観客に知らしめる。映画を観ている我々もまた、誰かと深くつながりながら相手を傷つけ、それをまったく自覚することなく暮らしているに違いない。残酷で痛ましく、意地悪な映画だと思う。

(原題:Babel)

4月28日公開予定 スカラ座ほか全国東宝洋画系
配給:ギャガ・コミュニケーションズ
2006年|2時間23分|メキシコ|カラー|ビスタ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://babel.gyao.jp/
DVD:バベル
DVD (Amazon.com):Babel
サントラCD:バベル
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