約束の旅路

2006/12/20 松竹試写室
ユダヤ人だと偽ってスーダンの難民キャンプを脱出した少年。
実話をもとにした波瀾万丈のドラマ。by K. Hattori

 イスラエルには黒い肌のユダヤ人がいる。ユダヤ教に改宗した黒人もいるが、最大グループはアフリカからやってきたファラシャと呼ばれるエチオピア系ユダヤ人たちだ。紀元前10世紀、聡明なソロモン王の噂を聞きつけて、遠いアフリカからシバの女王がイスラエルを訪れた。ふたりはたちまち恋に落ち、女王はアフリカに戻ってからソロモンの子供を産み落としたという。その子孫がエチオピア系ユダヤ人だ。だがそれから3千年近い年月が流れ、エチオピア系ユダヤ人たちは異教徒に囲まれたアフリカの地で苦渋の生活を強いられていた。干ばつや内戦に生活のすべを奪われ、国境や国外の難民キャンプに逃れたユダヤ人たち。彼らを祖先の地イスラエルに帰還させるため、イスラエル政府は1984年と1991年に大規模な脱出作戦を行った。だが脱出した人々の中には、少数ながらユダヤ人ではない難民も混じっていたのだ……。

 エチオピア系ユダヤ人のファラシャや、彼らをアフリカからイスラエルに脱出させたモーセ作戦は実在したものだという。そしてこうした黒いユダヤ人たちの中に、本来ならイスラエルへの移住が許されるはずのない難民が少なからず混じっていたのも事実。この映画はユダヤ人だと偽ってイスラエルに移住した、ひとりのエチオピア人少年の成長を描いていくが、同じように出自を偽ってイスラエルで暮らしている「偽ユダヤ人」は少なくないらしい。

 ユダヤ人だと偽ってイスラエルに入国した主人公の少年シュロモは、そこで自分が生きるために、よりユダヤ人らしい生活態度を身に付けようとする。しかし彼の記憶に残る母の姿や、自分を愛してくれる周囲の人々を騙しているという負い目か、彼を苦しめることになるのだ。キリスト教徒として生まれ育ったという生い立ちと、誰よりもユダヤ人らしく生きることを期待され、実際そう生きることで生じるアイデンティティの分裂。イスラエルのユダヤ人社会にあって、エチオピア系ユダヤ人のファラシャは少数派のアウトサイダーだ。だがその中にあって、身分を偽っているシュロモはさらなる疎外感を味わわざるを得ない。彼は二重のアウトサイダーとして、イスラエル社会のど真ん中で、イスラエルという国家を他人の目で見ることになる。これは一種のイスラエル国家論であり、ユダヤ人論になっているのだ。

 ひとりの青年の成長物語としては、状況が特殊すぎて感情移入しにくい。しかし彼を受け入れようとする家族の姿には親しみが持てるし、恋人とのエピソードも身につまされる。結局この映画は、主人公の青年が自分自身を知ろうとする物語なのだ。彼は映画の大半を、正体不明の幽霊のような状態で過ごさざるを得ない。彼自身、自分が何者かわからないのだ。映画を観る観客が、そこに感情移入するのは難しい。主人公が自分自身を知り、受け入れるようになるのに合わせて、観客もまた彼を知り受け入れることになる。

(原題:Va, vis et deviens)

3月10日公開予定 岩波ホール
配給:カフェグルーヴ、ムヴィオラ
2005年|2時間20分|フランス|カラー|シネマスコープ|DTS、ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.yakusoku.cinemacafe.net/
DVD:約束の旅路
ノベライズ:約束の旅路
関連DVD:ラデュ・ミヘイレアニュ監督
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関連書籍:エチオピアのユダヤ人―イスラエル大使のソロモン作戦回想記
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