人生は、奇跡の詩(うた)

2006/11/02 CINEMART銀座試写室
ただひとりの女を命懸けで愛した男の奮闘記。
ロベルト・ベニーニ監督主演最新作。by K. Hattori

 ローマの大学で教鞭を取る詩人アッティリオは、日毎夜毎に同じ夢を見る。それは月光の下で歴史に名高い詩人たちに囲まれ、美しい女性が結婚式を挙げる夢。純白のウェディングドレスに身を包み、光り輝くような美しさの花嫁はいつも同じ女。しかし自分はなぜか下着姿で、しかも警官に駐車違反の切符を切られそうになっている……。この運命の女性は実在する。名前はヴィットリア。アッティリオはしばしば彼女に声をかけて自分の好意をアピールするのだが、彼女はすげない素振りを見せるばかり。だがある日、友人でもあるイラクの詩人フアドから、恐るべき知らせが飛び込んでくる。イラクを訪ねていたヴィットリアが、爆撃で負傷し意識不明の重体になったというのだ。アッティリオは取るものもとりあえず、一路イラクへと向かうのだが……。

 『ライフ・イズ・ビューティフル』のロベルト・ベニーニ監督最新作。主人公アッティリオを演じるのも当然本人で、口八丁手八丁の彼が愛する女性のために獅子奮迅の大活躍をする様子を、嫌味なく、軽やかに、またコミカルに描いている。映画を観ていても最初はアッティリオとヴィットリアの関係がよくわからず、その関係は最後の最後に明らかになるという仕掛け。(プレス資料のストーリー紹介が、この仕掛けを明かしているのは解せない。それとも僕は、映画にある説明を見逃したのだろうか?)夢の女を追いかけ回す主人公はストーカーまがいの変人にも見えるが、ベニーニの個性と、彼の騒々しさをしなやかに受け流すニコレッタ・ブラスキの演技が、そうした嫌らしさをあまり感じさせない。

 映画は2003年に戦端が開かれ、現在もその後始末がついたとは言えないイラク戦争を背景としている。世界一の軍事大国がさしたる根拠もなく中東の一主権国家に攻め入って政権を倒し、今もなおその幕引きの見通しがつかないでいる世界の現実。そこにひとりの個人の、ひとりの女性を徹底的に愛し抜こうとする姿を対比させているわけだ。国と国とは争い、血を流している。そしてその中で、人は愛し合い助け合いながら生きている。現在進行形の血なまぐさい暴力と、その中で営まれている人々のささやかな暮らしの対比。

 またこの映画は、主人公たちを「2003年のイラク」というひとつの場所を超えた、広大な時間と空間の真っ只中に放り込む。バグダッドから80キロ離れたバビロンに、今から3000年前に作られたと言われる巨大な塔の伝説。かつてたった一つの言語を持つ一民族として結束していた人類は、ここから多民族多言語の民として世界中に広がった。主人公が病院でアラーの神に向かって「主の祈り」を朗誦する場面もいい。これは今から2000年前、ナザレの人イエスが弟子たちに教えた短い祈りだ。詩人である主人公の目は3000年前を眺めつつ2000年前の言葉を語り、そして現代人として運命の女性に愛を囁くのだ。

(原題:La Tigre e la neve)

12月公開予定 シャンテ・シネ
配給:ムービーアイ
2005年|1時間54分|イタリア|カラー|スコープ|SRD、SR
関連ホームページ:http://www.movie-eye.com/lineup/2006/07/the_tiger_and_the_snow.html
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