スキャナー・ダークリー

2006/10/04 ワーナー試写室
フィリップ・K・ディックの「暗闇のスキャナー」を映画化。
映像技術は一見の価値ありだ。by K. Hattori

 フィリップ・K・ディックの自伝的な小説「暗闇のスキャナー」を、リチャード・リンクレイター監督が映画化。原作は現在早川文庫から「スキャナー・ダークリー」というタイトルで改訳新版が発行されているが、僕はサンリオSF文庫育ちなので、断然「暗闇のスキャナー」なのだ! 映画のタイトルも『暗闇のスキャナー』にしてほしかったな〜。これって一種のノスタルジー?

 主演はキアヌ・リーブス。共演にウィノナ・ライダー、ロバート・ダウニーJr.、ウディ・ハレルソンなど、かなりの豪華キャスト。しかしこの映画、劇映画ではなくてアニメ映画。しかしこの出演者たちはいわゆる「声の出演」をしているわけではなくて(声も出演しているんだけど)、アニメの中で彼ら自身が芝居をしているのだ。これはデジタル技術を駆使した、最新のロトスコープアニメ。リンクレイター監督が『ウェイキング・ライフ』で使ったのと同じテクニックだ。

 原作はもう随分昔に読んだきりなのだが(なにしろサンリオSF文庫時代)、ストーリーの流れは原作に忠実だと思う。むしろこの映画は、原作に登場するさまざまな出来事を、忠実すぎるほど忠実に映像化している点が目につく。物語の冒頭には身体に虫がわいた男が登場するし、物語のラストシーンも原作と同じだ。原作の中でもっともユニークだったのは、麻薬捜査官が正体を隠すために身に着けるスクランブルスーツという小道具。ありとあらゆる人種、社会階層、性別、年齢を持つ人物の映像を次々にスーツの表面に投影し、スクランブルスーツを着ている人間の姿は常におぼろげに見える。小説ではいまいちピンと来なかったスクランブルスーツが映画に登場すると、「なるほど、こういうものだったのか!」と府に落ちるのだ。これは面白かった。

 原作は麻薬が人間の精神を蝕んでいく悲劇と、麻薬中毒者のパラノイア世界を描いていたが、映画は現代社会に生きる人間が、否応なしに身に付けざるを得ない「匿名性」の悲劇を描いているように見える。スクランブルスーツはその象徴だが、ロトスコープアニメで描かれる登場人物は現実の人間とアニメーションのキャラクターの中間で浮遊し、観客の感情移入を注意深く排除してしまう。観客は映画の中に、キアヌ・リーブスやウィノナ・ライダーの姿を確かに見る。しかしそれは同時に、キアヌ・リーブスやウィノナ・ライダーとは似ても似つかない姿でもある。人間性の実態はロトスコープアニメという虚像の下に潜り込み、観客の前から遠ざかってしまう。

 映画に登場する麻薬中毒者たちの共同生活の、なんと我々の生活に近いことか。彼らは仲間内でつるんでは、仲間内だけで通じる歪んで狂った理論をもてあそび、表面上は仲良くしながら、互いに監視し、裏切りあっている。そこでは自分以外の誰も信用できない。それどころか主人公がそうだったように、自分自身さえも信用できない他人になってる。

(原題:A Scanner Darkly)

12月公開予定 シネセゾン渋谷
配給:ワーナー・ブラザース映画
2006年|1時間40分|アメリカ|カラー|1.85:1|SDDS、Dolby Digital、DTS
関連ホームページ:http://wwws.warnerbros.co.jp/ascannerdarkly/
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