劇場版 鋼の錬金術師

シャンバラを往く者

2005/07/15 松竹試写室
人気アニメの劇場版はテレビ版の続編エピソード。
テレビ版を見ていないとちと辛い。by K. Hattori

 2003年10月から丸1年(全51回)放送された人気アニメ「鋼の錬金術師」の劇場版。物語はエルリック兄弟の兄エドワードが迷い込んだ1923年のドイツ・ミュンヘンと、弟アルフォンスたちのいる錬金術の世界が平行して描かれる。映画の中で大きな事件として取り上げられているのは、1923年11月にミュンヘンでヒトラー率いるナチスが起こした武装蜂起事件(ミュンヘン一揆)だ。ナチスの母体とも言われるオカルト秘密結社トゥーレ協会のデートリンデ・エッカルトは、ヒトラーの蜂起に合せて錬金術世界への門を開き、錬金術世界のパワーを使ってヒトラーを後押しする手はずになっている。この計画を知ったエリックは、エッカルトの作った門を通って錬金術世界に帰ろうとするのだが……。

 テレビ版をまったく見ていないので話がわかりにくい点も多いのだが、映画にはミュンヘン一揆を中心にして、当時実際にあった歴史的事件や実在の人物がちりばめられている。第一次大戦後のドイツに起きた深刻な不況、ユダヤ人や異民族に対する排斥機運、ヒトラーとナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)の台頭、ナチスの母体となったオカルト組織トゥーレ協会、会員のルドルフ・ヘス、同じく会員だった日本びいきの地政学者カール・ハウスホーファー、ユダヤ人の映画監督のフリッツ・ラングなどなど……。

 映画の中でマブゼを名乗るフリッツ・ラングが、現実世界と錬金術世界の関係をパラレル・ワールド(平行世界)として説明するくだりがある。現実世界と錬金術の世界はうりふたつで、どちらにも同じような人物がいて同じような出来事が起きる。でもその世界には、ちょっとずつ決定的な違いもあるのだ。ラングやエドワードは気づいていないようだが、じつは映画に登場する「現実世界」は、映画を観ている我々の知っている「現実世界」とも違っている。ほとんどは現実の世界とうりふたつだが、違っている点も少なからずあるのだ。その最たるものは、トゥーレ協会のカリスマ的指導者エッカルトが女性になっていることだろう。映画の中のデートリンデ・エッカルトは、ヒトラーの精神的な指導者とも言われるディートリヒ・エッカルトをモデルにした人物だろう。

 つまり映画に登場する現実世界は、我々の現実世界とは異なるもうひとつの世界なのだ。映画の中で現実世界と錬金術世界が似ていても異なっていたように、映画の中の現実世界も我々の現実世界と同じではない。そこには似ていても違う歴史が流れているだろう。我々の知る現実の歴史では、ミュンヘン一揆失敗によりヒトラーは獄中で「我が闘争」を執筆。一揆の1年後に釈放されると合法的な政治活動に転じて、わずか数年でドイツの独裁者になってしまうのだ。先行きは非常に暗い。しかし映画の中の世界は、ひょっとしたらそれとは違った歴史をたどるのかもしれない。いや、きっとそうに違いないのだ!

7月23日公開予定 丸の内プラゼールほか全国松竹東急系
配給:松竹
2005年|1時間45分|日本|カラー|
関連ホームページ:http://www.hagaren-movie.jp/
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