タッチ・オブ・スパイス

2004/12/21 GAGA試写室
ギリシャとトルコの政治対立に巻き込まれた一家の物語。
テーマは故郷イスタンブールへの郷愁だ。by K. Hattori

 トルコ最大の都市イスタンブールは、1923年にトルコ共和国の首都がアンカラに移るまでオスマン帝国の首都であり、それ以前にはビザンチン帝国(東ローマ帝国)の首都コンスタンティノープル、もっとさかのぼれば古代ギリシアの都市ビザンティウムにまでさかのぼる世界最古の都市のひとつだ。ヨーロッパとアジアの境界に立つこの町は、歴史上幾度も侵略や略奪に苦しめられてきたことでも知られている。歴史的な経緯や地理的な関係から、イスタンブールにはギリシャ系の住民が多い。彼らは長年トルコ国内で平和に暮らしてきたのだが、1950年代にトルコとギリシャがキプロス島の帰属問題で対立すると、政治的に微妙な立場に立たされることになる……。

 ギリシャ映画『タッチ・オブ・スパイス』は、1961年ついにトルコ国外への退去を命じられたギリシャ人一家の物語だ。物語はその数年前から始まる。まだ幼いファニス少年にとって、世界と呼べるのは祖父ヴァシリスが経営するスパイス店だけだ。彼はそこで祖父から、生きていくうえでのすべてを学ぶ。料理とスパイスの秘密。宇宙と天体の知識。そして初めての恋。だがそこに突然の国外退去命令。ファニス一家はあらかたギリシャに渡るが、トルコ国籍を持つヴァシリスじいちゃんだけはトルコに残ることになる。

 老人と少年の交流を描いた映画だ。老人を故郷に残したまま遠い地へと去った少年は、老人との思い出を求めて故郷に街に戻り、そこでかつて愛した女性に再会する。物語の中身はまるで異なるが、フォーマットとしては『ニューシネマ・パラダイス』に強い影響を受けているようだ。ただし映画の後半で、初恋の女性に再会した主人公が突然彼女に言い寄るくだりは少し唐突なものに思える。『ニューシネマ・パラダイス』に出てくるのは思春期の恋愛だが、この『タッチ・オブ・スパイス』で主人公が彼女に恋をするのは、まだずっと幼い子供時代。その年頃に抱いた恋心を、中年になった男女が再燃させるという展開には「恋愛ドラマ」としてのリアリティが欠けている。

 映画を観ればわかることだが、主人公ファニスの彼女への愛情は、イスタンブールという都市に対する愛情の象徴なのだ。だからファニスの側が一方的に熱を上げるというのならまだわかる。でも彼女が彼を慕い続ける理由は、僕にはよくわからない。このあたりは主人公の気持ちばかりを優先するあまり、話として不自然なものになっているのではないだろうか。

 映画のラストには釈然としなかったのだが、それでもこの映画からはイスタンブールという美しい町に対するギリシャ系住民の思いが詰まっている。ギリシャに行くと口先ばかりでいつまでたっても腰を上げないおじいちゃんを、ファニスの父が憎々しげに語りながらついホロリと涙を流すシーンが印象的。政治という外部の力によって故郷を失い、同じ涙を流す人は今も大勢いるのだ。

(原題:Politiki kouzina)

2月上旬公開予定 Bunkamuraル・シネマ
配給:ギャガ・コミュニケーションズGシネマグループ
宣伝:ギャガGシネマ風
2003年|1時間47分|ギリシャ|カラー|シネスコ|DORBY SR・DIGITAL
関連ホームページ:http://www.gaga.ne.jp/spice/
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