コラテラル

2004/11/23 錦糸町シネマ8楽天地(シネマ7)
トム・クルーズが格好良すぎて脚本の狙いにマッチせず。
別キャストで同じ映画を観てみたい。by K. Hattori

 タクシー運転手が偶然乗せた客は、血も涙もない冷酷な殺し屋だった……。トム・クルーズ主演のサスペンス映画で、監督はマイケル・マン。ただしこの映画、「まきぞえ」という意味のタイトルでもわかるとおり、物語の視点は殺し屋を車に乗せてしまったタクシーの運転手マックスの側にある。演じているのはジェイミー・フォックス。『エニイ・ギブン・サンデー』や『アリ』に出演していたと言うスタンダップコメディ出身の黒人俳優で、これほど大きな役は今回が初めてではなかろうか。

 この映画は物語のアイデアがものすごく面白いと思う。しかし映画には乗れなかった。僕はこの映画をミスキャストだと思う。このヴィンセントという殺し屋の役は、本来トム・クルーズの演じる役ではないのだ。ヴィンセントは冷静沈着な殺し屋だが、その根底には極端なニヒリズムがある。「大都会ではすぐ隣で人が死んでいても誰も気にしない」「数十億ある星のひとつの表面についたゴミクズのような人間が何人か死んでも、それがどうしたって言うのだ?」。そううそぶくヴィンセントは、生きることに疲れている。彼を生かしているのは、ただ「与えられた仕事を完璧にこなす」という目的意識だけなのだ。

 最初は不動産業者と名乗ってタクシーを雇ったヴィンセント役は、大スターのトム・クルーズではなく、ポール・ジアマッティあたりが演じれば適役だったはず。この役はまったく殺し屋らしからぬ男が演じた方が凄味が出ただろう。トム・クルーズは格好良すぎる。一晩に5人のターゲットを片づけるという不可能作戦(ミッション・インポッシブル)も、トム・クルーズが殺し屋なら難なくこなせて当然だろう。しかし脚本はこの男を、風采の上がらぬ中年の男として描いているのではなかろうか。最初の1,2件の殺人現場を、映画はあえて画面に映し出さない。「俺は殺してない。銃の引き金を引いたら、弾が相手を殺した」と言ってのけるヴィンセントのとぼけたユーモアと、笑顔の下に巧妙に隠された残忍さが、トム・クルーズの明るく朗らかな笑顔から伝わってこない。例え彼が髪をグレーに染め、グレーのスーツを着込んで、全身をすすけて曖昧な印象に見せようとしても、スター俳優の放つ輝かしいオーラは隠しおおせないのだ。

 しかしこの映画で主演がトム・クルーズでなければ、こんな映画は誰も観ないのも確かだろう。サスペンス映画としての完成度を求めるのなら、ヴィンセント役はポール・ジアマッティの方が適役だ。それは絶対に間違いないと思う。でもポール・ジアマッティとジェイミー・フォックス主演で同じ脚本を映画化して、それがどんなに素晴らしいできの映画になったとしても、そんなものは日本で劇場公開されないのだ。じゃあやっぱり、トム・クルーズが主演の方が正解なのか。完成度を下げても商業的な成功を目指さざるを得ない、ハリウッド映画のジレンマがここにある。

(原題:Collateral)

10月30日公開 日劇1他・全国東宝洋画系
配給:UIP
2004年|2時間|アメリカ|カラー|2.35:1|DTS、Dolby Digital、SDDS
関連ホームページ:http://www.collateral.jp/
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