でらしね

2004/11/10 メディアボックス試写室
美人画商が発掘したホームレス画家の正体と創作の秘密……。
画家・奥田瑛二が本領を発揮した作品。by K. Hattori

 画商として独り立ちしようとする女が、道ばたで目にとめたホームレスの画家がいた。段ボールやベニヤ板に無造作に絵の具を塗りたくっているかに見えて、その筆致は大胆かつ繊細で、ほとばしる才気を感じさせる何かがある。彼女はこの画家を世に出すため、彼に大作の制作を依頼するのだが……。

 奥田瑛二がホームレスの画家を熱演し、『六月の蛇』の黒沢あすかが女性画商を演じるドラマ。監督は中原俊。奥田瑛二は実際に画家としても活動しており、映画の中に登場する画家の絵はすべて彼自身が描いたものだという。劇中には主人公が絵を描くシーンもあるが、そこでは即興でどんどん新しい絵を描くこともしている。黒沢あすかはそんな彼の創作をうながすための旅に同行し、やがて彼のモデルとなるヒロインを熱演。樹海の中で全裸になって、大胆なポーズを見せていく。

 自分の才能を疑いつつも、何かに取り憑かれたように絵を描く行為に突き動かされていく男。そんな男の尻を叩いているつもりが、いつしか自分自身も彼の創作活動の中に飲み込まれていく女。そこには「創作」を媒介にしたエロス的結びつきがある。ありきたりな恋愛ではなく、創作を仲立ちにして主人公たちは深く結ばれるのだ。肉体的な結びつきは、まず創作面で互いが深く理解し受容し合った結果に過ぎない。ふたりが樹海の中で結ばれるシーンはこの映画のクライマックスだが、その描写にさほどの重みがないのはそのためだ。肉体の結合はふたりの魂の結合を象徴的に示したもの。ここをあまりコッテリ描いてしまうと、ふたりがただの男と女になってしまう。

 ふたりが画家とモデルという関係になってからの話はわかりやすいのだが、それまでの物語にあまり説得力が感じられないのは残念。特に奥田瑛二扮する水木譲司という画家が抱え込んだものが、映画からあまり伝わってこないように思う。彼はなぜ学生時代に描いていた絵を止めて、サラリーマンになってしまったのか。彼と家族の関係はどんなものだったのか。ホームレス画家になった彼は、自分が棄ててきた家族をどう思っているのか。タイトルの『でらしね』とはフランス語で「根無し草」という意味だという。そもそも水木には根があったのか。それとも自分で根をちぎって根無し草になったのか……。

 この映画の主人公たちは、ふたりとも根無し草に見える。漂流と漂泊の末にふたりは出会って森にたどり着き、つかの間の居場所を見つけたのだ。だがそれはあくまでも、一時の仮の宿にすぎない。ものを作るという作業は、常に流れ続けることなのだ。一箇所に安住して根を張ることは許されない。ヒロインは水木という作家を生み出した後、さらにまた別の作家と出会うべく旅をするだろう。

 水木がホームレス生活をするあたりは、以前僕が住んでいた中央区新川の隅田川べり。そういや東映の『死に花』もすぐ近くでロケしていたなあ……。

11月27日公開予定 シネマ・メディアージュ
配給:ライズピクチャーズ、メディアボックス
2002年|1時間34分|日本|カラー|ビスタサイズ
関連ホームページ:http://www.media-b.co.jp/deracine/
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