雲のむこう、約束の場所

2004/10/21 ライズエックス
自主アニメ『ほしのこえ』の新海誠監督初の長編劇場作品。
未消化な部分も多いがセンスは買える。by K. Hattori

 『彼女と彼女の猫』や『ほしのこえ』といった自主製作アニメを作ってきた新海誠監督が、初めて作った本格的な長編アニメーション映画。内容的にはSF風の青春ラブストーリーということになるのだろうが、見どころは映像のとして緻密に組み立てられた「もうひとつの日常」の描写にあるのだと思う。普通のアニメなら省略されてしまう日常のディテールを緻密に描くことで、物語の中の絵空事は我々の日常とつながり共鳴するようになる。

 物語の舞台は我々の知らないもうひとつの日本。そこでは北海道と本州の間に国境線が引かれ、ちょうど現在の朝鮮半島と同じように日本が南北に分断されている。中学3年生のヒロキとタクヤが暮らしているのは、国境線である海を目の前に見ることができる青森県の街だ。海の向こうにはエゾ(ユニオンに占領されている北海道)があり、そこには天高くそびえるタワーがある。ヒロキとタクヤの夢は、自分たちの手作り飛行機でエゾまで飛び、タワーを間近に観ることだ。ところがそんなふたりの前に、サユリという少女が現れる……。

 映画は大人になったヒロキが故郷の町に戻るところから始まり、そこから自分の少年時代と初恋の思い出を回想する形式を取っている。この回想形式自体に、ドラマ構成上の意味がまったくないというのは残念。ただしそこから語られる“過去”がノスタルジックな雰囲気に包まれることに加え、それから語られる物語の中で、世界がひっくり返るような大事件は起こりえないという事実を観客が予め知ることができる点には意味はあるだろう。この回想形式によって、ハードSF風の背景設定は最初から物語の外に置かれてしまうのだ。観客は安心して、主人公たちの恋の行く末を見守り続けることができる。

 でもそのためだけの回想形式というのは、ちょっと無駄だと思う。導入部に戻らない回想形式の映画としては『がんばっていきまっしょい』もあるから、これが悪いわけじゃない。でも主人公のナレーションで過去に入ったなら、最後はやっぱり現在に戻してほしいのが人情。現在に戻らないまま過去で終わってしまうこのエンディングに、僕の気持ちは宙ぶらりんのまま取り残されてしまった。

 この映画のもうひとつの欠点は、作り手が感化され影響を受けたであろう先行アニメ作品が、あまりにも未消化なまま作品に持ち込まれていることかもしれない。ざっと思いつくだけでも、『王立宇宙軍/オネアミスの翼』『機動警察パトレイバー』『新世紀エヴァンゲリオン』に加えてスタジオジブリの諸作品などが、脳裏にちらちら浮かんでは消えるのだ。こうした先行作品をどう消化して自分のものにするかが、「物語作家」としての新海誠には求められる課題のように思う。他から取り込んだ素材を徹底的に咀嚼して消化して消化する能力が、この映画からは少しも感じられないのが残念。映像センスはいいと思うんだけどなぁ……。

11月20日公開予定 シネマライズ
配給:コミックス・ウェーブ
2004年|1時間31分|日本|カラー|ヴィスタ|ドルビーSR
関連ホームページ:http://www.kumonomukou.com/
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