薄桜記

2004/08/31 映画美学校第2試写室
市川雷蔵が過酷な運命に翻弄される剣士を演じた傑作時代劇。
新婚夫婦の交流がじつにエロチック。by K. Hattori

 若くして亡くなった市川雷蔵が、1959年(昭和34年)に主演した時代劇。人格も剣の腕も優れた若い侍が、その高潔さゆえにみすぼらしく斬り死にしていくまでを、赤穂浪士の討ち入りを背景に描いた作品。主人公・丹下典膳を雷蔵が演じ、彼と数奇な運命で結びついていく赤穂浪人・堀部安兵衛を勝新太郎が演じている。監督は森一生。五味康祐の原作を、時代劇の巨匠・伊藤大輔が脚色している。

 物語は吉良邸討ち入りに向かう赤穂浪士の隊列から始まる。浪士のひとり堀部安兵衛はその時、自分自身と丹下典膳との不思議な因縁について思いめぐらしていた。ふたりが出会ったのは有名な「高田馬場の決闘」の日だった。安兵衛に斬られたのは典膳と同じ道場の人間だったが、復讐のために安兵衛を斬れという他の門人たちを典膳は一蹴。これによって、典膳は理不尽にも道場を破門されてしまう。同じ頃に安兵衛も道場を離れ、ふたりは立場を越えた友情を分かち合うようになるのだが……。

 典膳の行動はいちいち正しいのだが、その正しさが周囲から恨みを買ってしまうという悲劇。典膳は道場を追われ、妻を失い、右腕をなくし、御役目も捨てざるを得なくなる。それもこれも、武士としての体面やしきたりがあればこそだ。物語はそんな典膳の悲劇を、やはり武士道に殉じて死んでいく堀部安兵衛と対比しながら描いていく。しかしこの映画の中心になるのは、雷蔵演じる典膳と、その妻・千春の愛情関係なのだ。新婚ほやほやのふたりが、いかに仲睦まじく心と体で結ばれていたのかを、きわめてエロチックに描き出すシーンは見もの。露骨なラブシーンがあるわけではないのだが、互いに見つめ合う表情や細かい仕草、発声の微妙な変化などで、ふたりの性的な欲望が高まっていく様子がきわめてリアルなものとして伝わってくる。これはすごくエッチ。なまじ「記号」としてのラブシーンを見せるより、情感の高まりこってりと描くこの映画の方がよほどエロチックだと思う。

 雷蔵は道場随一の剣の達人という設定だが、映画を観ていてもあまりそうした説得力は感じられない。特に橋の上での乱闘シーンは迫力不足だ。しかし典膳が短筒で足を撃ち抜かれ、寝転がったまま片手で刀を振るうクライマックスはすごい。こんな殺陣は物理的にあり得ないと思うのだが、そのあり得ないことを視線や表情で強引にあり得るものに変えてしまう。この乱闘の場に飛び込んでくる勝新の殺陣の方が、スピードもキレも段違いなのは間違いないが、この場を支配している凄みは雷蔵の異形の殺陣が生み出したものだ。

 愛し合う男女が手に手を取って死んでいく場面は、哀れでありながら美しい。千春に対する安兵衛の恋情を断ち切るには、この凄惨な美しさがどうしても必要なのだ。時代劇全盛時代だからこそ作れた人工美も、この幸薄い男女のドラマを存分に盛り立てているように見える。

11月下旬公開予定 シネスイッチ銀座
配給:角川映画
1959年|1時間50分|日本|カラー|シネマスコープ
関連ホームページ:http://kadokawa-pictures.com/rai-sama/
ホームページ
ホームページへ