悪い男

2004/01/15 メディアボックス試写室
女子大生がチンピラヤクザに騙されて娼婦に成り果てるが……。
決して結ばれることのない男と女の愛の寓話。by K. Hattori


 チンピラヤクザのハンギは、昼下がりの繁華街で人待ち顔の女子大生キム・ソナを見つけて心を引かれる。だが彼女は自分を見つめるハンギを、嫌悪と軽蔑のまなざしでにらみ返す。女子大生とヤクザとでは、住む世界がまったく違うのだ。ハンギは嫌がるソナの唇を強引に奪い、彼女のボーイフレンドや近くの男たちに袋だたきにされる。それから間もなく、ハンギは弟分のチンピラたちと共謀して彼女を騙し、売春宿にたたき売ってしまう。自分に何が起きたのかわからないまま、わずかな金で見ず知らずの男たちに抱かれるソナ。ハンギはソナの部屋の隣にある隠し部屋からマジックミラー越しに、男たちに抱かれる彼女の姿を見つめていた……。

 監督・脚本は『魚を抱く女』のキム・ギドク。やくざな男の屈折した純愛ドラマであり、住む世界も価値観も大きく異なったふたりの人間が出会い、死と再生をくぐり抜けて新たな生を得る物語でもある。女子大生ソナが娼婦におとしめられ、彼女を娼館に沈めたハンギも自分のした行動の結果に身動きが取れなくなってしまう最悪の状況の中で、かえってふたりの精神は純化されていくパラドックス。

 エゴン・シーレの絵、マジックミラー、砂浜で掘り出された写真など、象徴的な小道具がいくつも登場してくる。これは現実のドラマではなく、男と女の愛憎をテーマにしたファンタジーなのだ。映画の最初から終盤まで男がほとんど言葉を発しないというのも、この映画のファンタジックな空気を作り上げている。どん底の生活の中で男が一体なにを考えているのか。それは映画を観る観客が、画面に映る男の姿や表情から読み解いていくしかない。ハンギを演じたチョ・ジェヒョンはこの役がいまひとつ飲み込めなかったようだが、完成した映画からはハンギという男のいびつで孤独な愛情がひしひしと伝わってくる。これはキム・ギドクという監督の脚本構成力や演出力によるものだろうし、この映画を作った監督本人にとってハンギという男の思いが切実なものだったからだと思う。

 ハンギはなぜソナを抱こうとしないのか? どうもハンギは彼女を抱きたくないのではなく、彼女を抱けない事情があるようだ。ハンギの喉には大きな切り傷があり、これが彼が言葉を発しない大きな理由のひとつにもなっているのだろう。だが彼がわずかに声を出すシーンやラストシーンを見ると、ハンギが切られたのは喉だけではないと解釈することもできるだろう。ハンギがソナに対して抱くコンプレックスは、ヤクザという自分の境遇によるものだけではなく、肉体的な欠損から生じているのかもしれないのだ。こうしてソナを抱きたくても抱けないハンギの状況が、男と女の間にある乗り越えられない断絶を強調することになる。肉体的には決して結ばれることのない男と女。だが結ばれないからこそ、純粋さを増していくものもある。結末がハッピーエンドになるのはそのためだろう。

(英題:BAD GUY)

2月28日公開予定 新宿武蔵野館
配給:エスピーオー 宣伝:アニープラネット
2001年|1時間43分|韓国|カラー|ヴィスタ|ドルビーSRD
関連ホームページ:
http://www.kimki-duk.jp/badguy/

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