ミスティック・リバー

2003/12/03 ワーナー試写室
少年時代の体験が生んだ心の傷が、25年後の殺人事件でまたうずく。
イーストウッドの演出は完璧。でも完璧すぎるのも問題。by K. Hattori


 ボストンのイーストバッキンガム地区は、貧しい住人たちが肩寄せ合って暮らす労働者の街だ。公園などもろくに整備されていない街では、道路こそ子供たちの格好の遊び場。だが11歳のジミー、ショーン、デイブが道で遊んでいたとき事件は起きた。警官を装った二人組の男がデイブを誘拐したのだ。デイブは男たちにさんざんもてあそばれたあげく、4日後に自力で脱出したところを保護された。それから25年後、町で雑貨屋を営むジミーの愛娘が何者かに殺された。事件を担当したのは、刑事になっているショーン。やがて捜査線上に容疑者として浮かび上がったのは、25年前に誘拐されたデイブだった。

 デニス・ルヘインの同名小説を、クリント・イーストウッドが映画化。今回彼は監督専業で出演はなしだ。主人公となる成長した幼なじみ三人組を、ショーン・ペン、ケビン・ベーコン、ティム・ロビンスが演じるほか、ローレンス・フィッシュバーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ローラ・リニーなどが脇を固めて、芸達者な俳優同士の緻密なアンサンブルを見せてくれる。どの俳優たちも充実した演技で、この映画から誰がオスカーにノミネートされてもおかしくないだろう。

 映画の導入部からしばしば登場する十字架のモチーフは、この映画のテーマが「原罪」であることを象徴している。この映画で描かれる原罪とは、この世のあらゆる人間が持つ弱さや不完全さのこと。この映画に登場する人間たちがすべて「悪人」だとは言えないが、全員が弱くて不完全な人間であることは間違いない。主人公である三人組がこの世で最初にそれを思い知らされのは、偽警官にデイブを誘拐されたときだった。自分たちの卑小さを、臆病さを、そして愚かさを、三人はこの事件を通して骨の髄までたたき込まれてしまう。自分自身の姿を、ありのままに見せつけられたときに生じる心の負い目。この瞬間にイノセンスは失われるのだ。アダムとイブが、自分たちの裸体を恥ずかしがったのと同じように……。

 物語はミステリアスでドラマチック。演出は力強く、複線の張り方や小道具の使い方もうまい。単なる犯人捜しや謎解きに終わらず、人間という存在の悲劇を描こうとしている奥の深い人間ドラマだ。大胆にして繊細。骨太でありながら細部まで細やかに作り手の目が行き届いている。映画の完成度は非常に高いく、完璧と言ってもいいほどだ。しかし僕はその完璧さが、この映画の欠点だと思う。同じような映画に黒澤明の『赤ひげ』がある。確かにすごい映画なんだけれど、完全すぎて観客がその中に入り込めないのだ。

 人間の弱さと不完全さを描く映画なのに、この映画は完全すぎる。(それも『赤ひげ』と同じ。)僕はひとりの観客として映画の登場人物に共感するが、映画自体は登場人物たちに対してよそよそしい。人間の愚かしさを共に嘆くことなく、高みから見下ろしているような印象を受けるのだが……。

(原題:Mystic River)

2004年1月10日公開予定 丸の内プラゼール他・全国松竹東急系
配給:ワーナー・ブラザース映画
(2003年|2時間18分|アメリカ)
ホームページ:
http://www.warnerbros.co.jp/

DVD:ミスティック・リバー
サントラCD:Mystic River
原作:ミスティック・リバー(デニス・ルヘイン)
原作洋書:Mystic River (Dennis Lehane)
関連DVD:クリント・イーストウッド監督
関連DVD:ショーン・ペン
関連DVD:ティム・ロビンス
関連DVD:ケビン・ベーコン

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