謎の薬剤師

2003/11/06 オーチャードホール
環境保護のためには地球を汚す大企業に正義の鉄槌を加えるべし!
環境保護のため殺人を犯す男と刑事の物語。by K. Hattori


 21世紀を生きる我々にとって、環境問題は避けて通れぬ重大関心事だ。タンカーからの原油流出事故で、海の生物は抗議の声を発することもできぬまま犠牲になっている。大企業は汚染物質を海中や大気の中にまき散らす。そんなニュースが世間を賑わせていた頃、事故を起こしたタンカーの船主が原油まみれの死体になって発見された。その姿はまるで、事故で犠牲になった海鳥と同じ姿だ。現場に残されたのは古代ドルイド教の紋章。自然と共生して生きたドルイドの末裔が、環境を破壊する者たちに復讐を開始したのだ。この事件を担当したフランソワ・バリエ刑事は熱心な環境保護論者。たまたま出席した環境保護の集会で、彼は薬剤師のヤン・ラザレックという男に声をかけられる。フランソワとラザレックは、お互いが連続猟奇事件の担当刑事と犯人であることを知らぬまま、環境保護について語り合い意気投合するのだが……。

 謎の薬剤師ラザレックを演じるのはヴァンサン・ペレーズ。事件の担当刑事フランソワを演じるのはギョーム・ドパルデュー。環境保護に熱心なあまり大企業の重役を殺してしまうというアイデアはかなり荒唐無稽に思えるが、アメリカでは中絶反対運動が高じて、病院に爆弾を仕掛けたり医師を殺したりしてしまうこともあるくらいだから、環境保護運動も熱心さが高じれば何をするかはわからない。この映画はアメリカにおける中絶反対運動のパロディになっている。テロ行為さえ辞さない過激な環境保護運動の背景にはドルイド教を置いたのは、テロ行為さえ辞さない過激な中絶反対運動の背景にキリスト教があることのモジリかもしれない。

 監督のジャン・ヴェベールはこれが長編デビュー作で、原作と脚本も彼自身が担当している。映画の前半は辛辣なパロディとして面白く観られるのだが、主人公たちふたりの関係が大きくクローズアップされはじめた中盤あたりで大きく軌道を変えはじめ、最後はなんだかメロドラマ調のエンディングになってしまうという不思議な作品だ。ラザレックの緻密な計画犯罪が最初から行き当たりばったりなものに見えるというのが、この映画の大きな欠点になっているのではないだろうか。

 頭脳明晰な過激思想家ラザレックが、徹底的に練り上げた完全犯罪。自分ひとりの力以外にまったく頼るべき味方はないと考えていた彼は、ふとしたことからフランソワに出会い、「こいつは味方だ!」「こいつとなら価値観を分かち合える!」と確信する。ここからラザレックの行動がちぐはぐになっていくわけだ。自分の信じる大義のために、自分の身を律して生きていくことを選んだ男が、ひとつの出会いから自分の決めた道を踏み外していく悲喜劇。ラザレックというテロリストの孤独が映画の序盤でもっと強調されていると、この映画終盤のドラマはより悲痛なものになっただろうに……。脚本構成の失敗が、映画終盤の詰めの甘さになっている。

(原題:Le Pharmacien de garde)

第16回東京国際映画祭 コンペティション
配給:未定
(2003年|1時間28分|フランス)
ホームページ:
http://www.tiff-jp.net/

DVD:謎の薬剤師
関連DVD:ジャン・ヴェベール監督
関連DVD:ヴァンサン・ペレーズ
関連DVD:ギョーム・ドパルデュー
関連DVD:パスカル・レジティマス

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