きょうのできごと

2003/11/06 ル・シネマ1
人生を変える大きな出来事は、日常の中の些事にある。
行定勲監督の持ち味が生きた暖かい青春群像。by K. Hattori


 大学院に進学した友人の引越祝いのため、新居に集まる若者たち。自殺志願の女子高生が見つけた、砂浜で座礁した鯨。ビルとビルの間にはさまれて身動きが取れなくなった男。いくつかの場所で同時進行する“一夜の出来事”を描く、行定勲監督の最新作だ。柴崎友香の同名小説を、行定監督と益子昌一が共同で脚色している。映画の冒頭では深夜のある時刻における、車の中の男女三人、浜辺で見捨てられてしまった鯨、壁の間の男と救出作業中のレスキュー隊員などを紹介し、そこから時間を一気に同日の夕方にまで戻し、それぞれの事件がなぜそこに至ったのかを描いていく。しかもこの中で、さらに同じ日の昼間が回想シーン風に挿入されるという構成だ。大まかに3つのパートに分けられるエピソードが、それぞれ現在・過去・未来と時間を行き来させるわけだが、このあたりの語り口は明快で観ていても混乱はない。

 出演者は「現在日本映画界で活躍している若手や中堅を全部集めました」という感じの豪華さ。田中麗奈、妻夫木聡、伊藤歩、柏原収史、山本太郎、池脇千鶴、北村一輝、他にもたくさん。これまでの行定作品に出演したことのある人もいれば、そうでない人もいて、この顔ぶれだけでもかなりワクワクさせられる。しかもそれぞれが映画の中で、これまでに演じてきたのと同じようなタイプの役を演じるケースもあれば、まるで違うパターンを演じているケースもあったりしてそれぞれが個性を発揮しているのだ。中でも柏原収史などは、この映画に出演したことで演技の幅の広さが広がったのではないだろうか。

 場所が3ヶ所に別れているとはいえ、これは時間と場所を限定して複数の人物を動かすグランドホテル形式だ。この一夜の中に、それぞれの登場人物が抱える人生の中の「特別な時間」が詰まっている。夜が明けてしまえばすべてが消え去り、何も起きていなかったかのように見える日常の風景が広がっていても、そこには確かに“特別な何か”がある。砂浜に打ち上げられた鯨のエピソードは、それを象徴しているのだろう。朝になって消えてしまったとしても、それぞれの人生を変えてしまうような真実が、ほんの数時間前に確かにそこにあったのだ。

 描かれているのはそれぞれの人物にとってかなり深刻な事態なのだが、観ている側からすると滑稽であったり取るに足らないことであったりする。映画の中には笑いがたっぷりだ。「他人にとってはどうでもいいけど、当人にとってはどうでもよくないこと」で、世の中は動いているのだなぁと思う。それはお気に入りのスカートであったり、髪型であったり、優柔不断な性格だったり、壁の隙間に差し入れられたおでんだったり……。馬鹿馬鹿しくも愛おしい日常の些事が、この映画を観ている人を幸せな気持ちにさせるのだ。大胆にして繊細、残酷でも優しい、行定勲監督ならではの青春映画だと思う。

第16回東京国際映画祭 コンペティション作品
配給:コムストック
(2003年|1時間50分|日本)
ホームページ:
http://www.tiff-jp.net/

DVD:きょうのできごと
関連DVD:行定勲監督
原作:きょうのできごと(柴崎友香)
関連DVD:田中麗奈
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関連DVD:伊藤歩
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関連DVD:池脇千鶴

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