のんきな姉さん

2003/11/04 シネカノン試写室
深い絆で結びついた姉と弟の関係を描くファンタジックな物語。
ちょっと僕の生理には合いませんでした。by K. Hattori


 日本に古くから伝わる山荘太夫伝説(安寿と厨子王の物語)を下敷きにした、森鴎外の「山椒大夫」、唐十郎の「安寿子の靴」、山本直樹の「のんきな姉さん」に触発されて生まれた、七里圭監督の長編劇場映画デビュー作。この物語が山荘太夫をベースにしていることは、主人公の名前が安寿子(やすこ)と寿司夫(すしお)であることからも明らかだが、映画は原話の筋立てを大きく離れて別物になっていると思う。

 OLとして働く安寿子のもとに、弟の寿司夫から突然1冊の本が送りつけられる。それは寿司夫が姉との関係をもとに書いた小説「のんきな姉さん」だった。その本には幼い頃両親を失った姉弟の生活と、ふたりの禁じられた愛の生活が赤裸々に綴られていた。残業で職場に居残る安寿子に、本を読んだという課長は「君たちは狂っている。でも美しい」と批評し、婚約者の男は「そもそも弟がいるなんて言わなかったじゃないか」と当惑し、突然乗り込んできた寿司夫の養父と名乗る男は「寿司夫はどこだ!」と怒鳴って猟銃をぶっ放す。はたして安寿子と寿司夫の運命は……。

 物語は長年弟と連絡を絶っている安寿子と寿司夫の現実と、小説「のんきな姉さん」の中に再現された世界との間を自由自在に往復する。このふたつの世界は、同じように姉と弟の「現実」を描いていても、事件の位置づけや時間経過の詳細が少しずつずれている。映画の序盤では現実と小説世界の区別が付きにくく、映画の中盤では映画と小説世界が比較的明快に分離し始め、やがてそのふたつが混沌と入り交じってくる。観客がその時スクリーンで観ている出来事は、はたして「現実」なのか、それとも「小説」なのか、あるいは「回想」なのか、もしくは「空想」なのか……。

 取り立ててどこが悪いというわけでもないのだが、生理的に受け入れられなかった作品だ。ダラダラ続く主人公たちの会話や、BGMとして使用されている室内楽など、どれをとっても僕の趣味に合わない。こんな話はどこかでユーモアを入れてカラリと乾いたタッチに仕上げればいいのに、最初から最後まで湿度の高いジメジメジトジトした語り口に終始するのには閉口する。三浦友和や佐藤允といったベテランが狂言回し兼コメディリリーフなのかもしれないが、映画のタッチとこの役柄がまるでかみ合っていないので、これでは単に周囲の事情を飲み込めないままはしゃぎ回る変人でしかない。

 同時に上映された『夢で逢えたら』(2001年|20分)という短編は、『のんきな姉さん』の姉妹編のような作品。両方の作品を見て感じたことだが、両作品にとって男女の「性」は不可避なテーマと思えるのに、それに手を突っ込まないまま回避しているように見える。そうした態度が、作品から感じる煮え切らない態度につながるのではないだろうか。男と女の性のニオイが感じられないところで、近親相姦の話をされても白々しく感じられるだけだ。

正月第1弾 シネカノン試写室
配給・宣伝:スローラーナー
(2002年|1時間22分|日本)
ホームページ:
http://www.nonkisister.com/

DVD:のんきな姉さん
サントラCD:のんきな姉さん
原作:夢で逢いましょう(山本直樹)「のんきな姉さん」収録
原作:安寿子の靴(唐十郎)
原作:山椒大夫(森鴎外)
関連DVD:梶原阿貴
関連DVD:塩田貞治

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