サロメ

2003/09/11 日本ヘラルド映画試写室
カルロス・サウラとアイーダ・ゴメスが生んだ舞台「サロメ」。
虚と実が入り混じる舞台製作の裏と表。by K. Hattori

 新約聖書の福音書(マタイ14・マルコ6)に記録されている洗礼者ヨハネ処刑事件は、切断された首を盆に載せるというグロテスクな猟奇性が人々に強い印象を残す。事件の首謀者は、当時ガリラヤの領主だったヘロデ・アンテパスと妻ヘロデヤだった。ふたりはヘロデ大王の血を引く実の叔父と姪という間柄で、しかもヘロデヤはアンテパスの兄弟ヘロデ・ピリポ1世の妻でありながら、夫を棄ててアンテパスのもとに走ったという経緯がある。この不倫結婚を非難したのが、荒野で預言活動をしていた洗礼者ヨハネだ。

 彼は領主を批判する危険人物として捕えられ、ヘロデヤの娘が祝宴でダンスを踊った褒美という名目で首を切られてしまった。ただし聖書に「ヘロデヤの娘=サロメ」の名は出てこない。サロメという名を記録していたのはヨセフスの「ユダヤ古代誌」であり、サロメに人格的な肉付けをして現在の悪女像を作り上げたのはオスカー・ワイルドだ。聖書の中の(文字通り)無名の娘はワイルドの戯曲「サロメ」によって、義父を妖艶な踊りで幻惑して自分自身の倒錯的な愛を成就させる女に生まれ変わった。それ以降のサロメ像は、ほとんどすべてがワイルドの作り上げたサロメから何らかの影響を受けている。

 ワイルドの「サロメ」は何度も映画化されているが、今回の映画は『カルメン』や『血の婚礼』などのフラメンコ映画で知られるスペインの巨匠、カルロス・サウラ監督が作ったフラメンコ版「サロメ」だ。主演と振り付けはスペイン国立バレエ団の芸術監督を務めていたこともある、世界的なダンサー兼振付師アイーダ・ゴメス。彼女は当初新作の舞台「サロメ」を作・演出してほしいとカルロス・サウラに申し出たが、サウラはそれに加えて映画版の製作を逆提案し、舞台「サロメ」と映画『サロメ』が同時進行で製作されることになったという。こうして作られた映画は、最初の30分ほどが舞台のメイキング。残り1時間ほどが映画的に演出された「サロメ」になっている。

 この映画のユニークさは、映画前半のメイキング映像が、ひとつの劇映画として作・演出された芝居になっていることだ。このメイキングに登場する「監督」はカルロス・サウラではなく、ペレ・アルキリュエという役者なのだ。つまりここで観られるのは舞台作りの現場ではなくその再現映像、もしくは、演出され演じられたメイキング風のお芝居だ。こうして劇中の舞台「サロメ」は、フィクションとして作られたメイキングを仲立ちにして観客の前に現れる。それは舞台「サロメ」の映画版なのか、それともこの舞台の存在すらもフィクションなのか……。現実と虚構の境界は曖昧に溶けて、観客は虚構である舞台の世界にゆっくりと引き込まれていくという趣向だ。

 舞台「サロメ」は、映画と同じ顔ぶれのツアーカンパニーで来日公演もするそうだ。映画と舞台との演出の違いには、ちょっと興味があったりして……。

(原題:Salome)

11月上旬公開予定 Bunkamuraル・シネマ
配給:日本ヘラルド映画
宣伝:日本ヘラルド映画アートハウス・チーム
(2002年|1時間26分|スペイン)
ホームページ:
http://www.herald-arthouse.com/

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