スパイダー
少年は蜘蛛にキスをする

2003/02/25 ブエナビスタ試写室
精神を病んだ男が自分自身の過去を探っていく内に見たものは……。
デイヴィッド・クローネンバーグ監督のヘンタイ映画。by K. Hattori

 軽度の精神病患者たちが共同生活する開放型施設に、デニス・クレッグという男がやってくる。いつもブツブツと何かつぶやきながら、くたびれた小さなノートに乱れた文字で何かを書き付けているクレッグ。彼は自分の記憶をさかのぼって、自分自身と家族の身に何が起きたのかを探ろうとしている。配管工の父親と専業主婦の母の家庭で、ひとりっ子として育てられたクレッグ。父は仕事の帰り道、近くの酒場で一杯飲んで帰るのが楽しみな人だった。だがある日父は、酒場でひとりの女に出会う。女の淫らだが蠱惑的な魅力に、父はその女と深い関係を結ぶ。そしてそんな関係を知った母を、父と女は無惨にも……。

 デイヴィッド・クローネンバーグ監督の最新作は、パトリック・マグラアの小説「スパイダー」を映画化した心理スリラー。脚本も原作者のマグラア本人が書いている。主人公クレッグをレイフ・ファインズが演じ、その母役はミランダ・リチャードソン、父はガブリエル・バーンという配役。クローネンバーグの映画はいつだって奇人変人が主人公なのだが、この映画の主人公はその中でももっとも特殊。主人公のデニス・クレッグは、映画に登場した時から完全に狂っているからだ。これは観客に対する挑戦とも思える。

 クローネンバーグ映画の主人公は、これまでだってだいぶヘンテコだった。でもそのヘンテコな人物たちにも、観客が感情移入し、自分たちと同じ普通の人間なのだと自己同一視する余地が十分に用意されていたと思う。そもそも観客は、映画の中に自分と同じような“誰か”を探そうと身構えているのが常だ。登場人物の生活設定、何気なく口をついて出る台詞、ちょっとした仕草などに、「ああ、俺に似ている」という共感を持つ。(もちろんそうした共感を生み出すために、脚本家や監督の用意周到な計算があることは言うまでもない。)しかし本作を観た人のどの程度が、この映画の主人公に共感するのだろうか。おそらくそれは皆無だと思う。主人公の周囲にいる人たちも、主人公の一人称的な視点によってかなり歪めて描かれている。主人公の両親やドラマの中で重要な役目を果たす酒場の女なども、すべて主人公の回想というフィルターを通して描かれている。

 要するにこの映画で、クローネンバーグは観客の「共感」も「感情移入」も「自己同一視」も求めてはいないのだ。何しろここに描かれているのはすべて、主人公の頭の中で起きているプロセスなのだから。観客が主人公の心の内を類推する必要などない。映画の中に描かれているのが、主人公の心の内のすべてだ。観客が主人公に共感する必要も感情移入する必要もない。誰とも心を通い合わせられない主人公。自分自身の心さえ欺き、時に記憶を捏造してしまうのが、この男なのだから。

 映画の趣向はわかるつもりだが、映画としてはつまらない。主人公に共感できない映画は、やはり味気ないものなのだ。

(原題:SPIDER)

2003年3月29日公開予定 ニュー東宝シネマ他・全国東宝洋画系
配給:ブエナ ビスタ インターナショナル(ジャパン)
(2002年|1時間38分|フランス、カナダ、イギリス)
ホームページ:
http://www.movies.co.jp/spider/

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DVD:スパイダー
原作:スパイダー (パトリック・マグラア)
原作洋書:SPIDER (Patrick McGrath)
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