恋人

2002/10/31 シネフロント(マスコミ試写)
中国山間部の小さな村を舞台にしたファンタジックな恋物語。
ヒロインを演じたドン・ジエがチャーミングだ。by K. Hattori

 『山の郵便配達』で若い息子を演じたリィウ・イエと、チャン・イーモウの『至福のとき』でヒロインを演じているドン・ジエ。監督は日中合作映画『ひまわり』(未公開)でデビューし、この映画の後は再び日中合作で『東京に来たばかり』という映画を撮ることが発表されたばかりのジャン・チンミン。僕自身はこの監督の作品を初めて観たのだが、リアリズムをベースにした人情喜劇という定型が生み出す求心力と、浮世離れしたファンタジーという遠心力の間で揺れ動く、じつにユニークな作品という印象を受けた。

 中国の山奥にある小さな村が舞台。農夫の老炳が銃の暴発事故で失明した日、村には若い筆売りの少女・玉珍がやってくる。彼女は老炳と一人息子・家寛の家に居着き、何かと親子の身の回りの世話をするようになる。老炳は目が見えず、玉珍は口がきけず、家寛は耳が聞こえないという、「見ざる、言わざる、聞かざる」状態の奇妙な共同生活だ。映画はこの3人を軸に、家寛が幼馴染みの少女・朱霊に向ける思いと、彼女と村で唯一のインテリ青年である若い獣医とのロマンス、この三角関係の進展・破綻と奇想天外な結末を描く。

 映画の中ではヒロインの玉珍が、少し曖昧な存在として描かれている。普通ならこういう展開の中で、村の外からやって来た美しいヒロインと、好人物だが耳に障害を持つ青年の間に恋愛感情が芽生えて……という展開に導きそうな者だが、この映画は最後までそうした進展の道をふさいでいる。家寛は玉珍を妹のように可愛がり、老炳もそれをごく自然なものと受け止め、当の玉珍もこの親子との共同生活の中でごく控えめに振る舞う。彼女はダム建設現場で行方不明になった兄を捜しに来たという設定なのだが、自分から積極的に行動することはなく、流れ流れた末にこの小さな村にようやくたどり着いたようにも見える。言葉がしゃべれないというのも、彼女が聾唖というわけではない。彼女は感情が高まると思わず言葉が口をついて飛び出すこともある。つまりきわめて口数が少なく、言葉や行動で自己主張することがないのが玉珍だ。

 玉珍と対照的なのが、村で一番のおてんば娘・朱霊だろう。幼馴染みの男たちと互角に口をきき、恋愛についてもかなり積極的に振る舞う朱霊は、この映画の中で玉珍とネガとポジの関係にある。朱霊に想いを寄せる家寛が玉珍をまったく恋愛対象としては見ないのは、いわば当然と言えるだろう。だがこのふたりのヒロインは、どこかで地下水流のように通じ合っている。

 家寛が一家揃って朱霊の家にプロポーズに行くシーンが素晴らしい。父子と玉珍がそれぞれ楽器を持って、朱霊の家の外で恋の歌を歌うのだ。この一連のシーンがこの映画のクライマックス。この後は落ち着くところに落ち着くのかと思わせて、最後にあっと驚く強烈なオチが付くところには驚いた。このラストシーンで、この映画は忘れがたいものになった。

(原題:天上的恋人 Sky Lovers)

第15回東京国際映画祭・コンペ部門
2003年公開予定 未定
配給:角川書店、ドラゴン・フィルム、キュームービー
(2002年|1時間33分|中国)
ホームページ:http://www.tiff-jp.net/

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