in 『ノスタルジア』

2002/09/10 アウラ・スクリーニング・ルーム
タルコフスキーの晩年の代表作『ノスタルジア』の製作現場を、
イタリアの女流監督が追ったドキュメンタリー。by K. Hattori

 ソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーが、初めて国外で製作した長編映画『ノスタルジア』のメイキング・ドキュメンタリー。僕は『ノスタルジア』を観ていないのだが、それでもこのメイキングは面白かった。『ノスタルジア』を観ている人なら、もちろんその何十倍も面白がれるだろう。監督・構成・編集は、イタリアの女流ドキュメンタリー作家ドナテッラ・バリーヴォ。彼女がここでフィルムに記録しているのは、タルコフスキーについての“何か”ではない。鉄のカーテンの向こう側から来た天才映像作家を、イタリア人の映画スタッフたちがどう迎え入れどう対応したか。それがこの映画の中心になっている大きなテーマだ。

 タルコフスキーは映画『ノスタルジア』の監督であり製作現場の中心だが、この映画の製作に当たっては現場スタッフのほとんどがイタリア人で占められ、タルコフスキーだけが「外国から来たよそ者」だった。スタッフたちもタルコフスキー流の演出になれていないし、タルコフスキー本人もすべてをいちいち指示しないと自分の思うような映像は作れない。気心の知れたスタッフの中なら「俺の気持ちは言わなくてもわかるよな」という気安さがあるのだろうが、少なくとも『ノスタルジア』製作中のタルコフスキーはそうした甘っちょろいことが一切言える立場ではなかったし、現場のスタッフたちも、タルコフスキーという巨大な才能が何を作り上げようとしているのか、自分たちの勝手な解釈をして物事を進めていくことも許されなかった。互いに話し合い、徹底的な準備と入念なリハーサルを繰り返し、ひとつの映画を作りだしていく共同作業がそこでは求められる。この映画はその一部始終を記録することで、タルコフスキーの作家としての資質を浮き彫りにしていくのだ。

 屋外での撮影シーンで、タルコフスキーが「車の位置を5センチ動かせ」と指示を出している場面がある。はたしてその5センチに、どれほどの意味があるのか? 観客の誰が、その5センチの違いを意識するだろうか? おそらく誰もその5センチは気にしないだろう。だがその5センチの違いの積み重ねが、タルコフスキーの映画をタルコフスキーのものにしているのだと思う。なぜそこで5センチ動かさなければいけないのか、そんなことは理屈じゃなくて感覚の問題なのだ。観客が意識できないレベルで積み重ねられるこうした「こだわり」こそが、映画のスタイルを決定する。

 監督から次々に出される細かい指示。スタッフはそれに従ってコマネズミのように動き回り、役者は指示に従って体を動かす。その結果、とてつもなく美しい風景がフィルムの中に出現する驚き。静かなシーンを撮る時ほど、スタッフはあわただしく動き、監督は大声で叫ぶ。そのコントラストこそが、このドキュメンタリー映画の面白さかもしれない。

(原題:ANDREJ TARKOVSKY IN "NOSTALGHIA")

2002年10月27日公開予定 シアター・イメージフォーラム
アンドレイ・タルコフスキー映画祭
配給:ケイブルホーグ 企画・宣伝・問い合せ:イメージフォーラム
(1984年|1時間38分|イタリア)

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