歩く、人

2002/07/17 シネカノン試写室
『殺し』に続く小林政広監督と緒方拳のコンビ作はユーモアタップリ。
妻の三回忌に家族と和解しようとする父親の物語。by K. Hattori

 『海賊版=BOOTLEG FILM』『殺し』に続いてカンヌに出品された、小林政広監督の最新作。小林監督が16年前に書いた「三年目」というシナリオに『殺し』に主演した緒方拳が目をとめ、「この父親役をぜひ演じてみたい!」と申し出たことから生まれた映画だという。緒方拳のこの映画に対する入れ込みようは相当なもので、映画に挿入される川柳も彼の自作自筆なら、『歩く、人』というタイトルの文字も自筆のものだという。いわばこれは、小林監督と緒方拳のコラボレーションの結果生まれた映画と言えるかもしれない。

 北海道の増毛にある造り酒屋で、家業を次男坊に譲って悠々自適の本間信雄66歳。長男は高校を卒業してから家を飛び出し、少し離れた留萌の町でミュージシャンになる夢を捨てられないでいる。信雄は毎日のように町はずれにある鮭の孵化場を訪ね、秘かに想いを寄せる女性職員・美知子と会うのを楽しみにしている。長年連れ添った妻を2年前に亡くし、間もなく三回忌がやってくる。三年の喪が明けたら、美知子と新しい所帯を持つのも悪くないなぁ……、などと、信雄はひとり考えないでもないのだが……。

 描かれているのは、バラバラになりそうでなりきれない家族の絆だ。冬の北海道という舞台設定がいい。広大な雪景色の中に、必要最小限の舞台装置として家や町が点在し、人間と人間の間にも雪しかない。しかもその雪がべたついておらず、やけにさらさらとドライなのだ。キーボードで演奏されるサン・サーンスの「動物の謝肉祭」が、そのドライな感覚をさらに強調する。同じような雪景色でも、前作『殺し』の雪景色はもっと雪が湿っていた。風景全体に人間が押しつぶされるような圧迫感があった。ところが今回の映画の雪景色は、水墨画のように軽く、飄々とした感じがするのだ。真っ白な背景の中で、人間がいるところだけがポツリと暖かい。人と人をつなぐどんな風景も見えてこないからこそ、目では見えない心と心のつながりが浮かび上がってくる。

 信雄が憧れの美知子をおんぶするシーン。逆に美知子が信雄をおんぶしてみせるシーン。このシーンが大人のメルヘンとして存在しうるのは、周囲に具体的な風景が何もないからだと思う。例えばこれで周囲に森があれば『楢山節考』になってしまうもんね。信雄の家に久しぶりに一家が勢揃いするシーンも、家屋の周囲が雪で包まれているから、家の中の人間関係が凝縮してくる。背景を極端に省略してしまう、浮世絵のような技法で映画が作られているのです。

 小林監督の映画の中で、一番ユーモアのある映画だと思う。特に香川照之と林泰文の兄弟が肉を食うエピソードは、観ていてついニヤニヤしてしまった。法事の最中に大塚寧々の笑いが止まらなくなってしまうシーンも面白い。小さな映画だけれど、じつに楽しく観ることができた。

2002年9月7日公開予定 三百人劇場
配給:オフィスサンマルサン、モンキータウンプロダクション
宣伝・問い合せ:オフィスサンマルサン
(2001年|1時間43分|日本)

ホームページ:http://members.aol.com/sarumachi/

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