ブレッド&ローズ

2002/07/02 シネカノン試写室
アメリカのビル清掃者組合の活動に取材したケン・ローチ作品。
社会から見捨てられた人々の尊厳を描いている。by K. Hattori

 「資本家による労働者の搾取」という言葉は、少なくとも今の日本ではひどくアナクロなものに聞こえてしまう。現代社会では法律や制度が労働者の雇用環境を守っているから、そうした諸制度によほど無知な経営者か、最初から不正を働こうとしている経営者でない限り、労働者の権利は最初から保護されているのが当たり前なのだ。これは欧米でも同じだろう。ところがこうした労働者の権利がまったく認められず、雇用者が低賃金の労働者を奴隷のようにこき使い、少しでも文句を言えば簡単にクビにしてしまう、19世紀さながらの「資本家による労働者の搾取」が続けられている世界がある。それは我々のすぐ近くに、目に見え手が届くところにあるが、それに気づくものはいない。

 イギリスの映画監督ケン・ローチが、はじめてアメリカで撮った作品だ。主人公はメキシコから姉ローサを頼ってアメリカに入国し、ロサンゼルスの商業ビルで姉と一緒に清掃員の仕事をしているマヤという若い女性。だが姉妹が働いているビル清掃会社は組合に加入しておらず、他の組合員が得ている最低賃金も保証されなければ、健康保険もなく、休暇制度もない。現場監督はあれこれ理由を付けて従業員の給料をピンハネし、気にくわない従業員を些細な理由で解雇する。貧しい生活の中でビル清掃の賃金に頼っている労働者たちは、それでも一言の文句も言わずこうした中で働き続けるしかない。

 マヤたちは組合への加入を勧める組織の青年と出会うことで、労働者としての権利意識に目覚めていく。不当に搾取されていた労働者も、団結すれば最後は勝利を得られる。そんな筋立てはまるで、労働運動のキャンペーン映画だ。だがこの映画でケン・ローチが描こうとしているのは、労働運動そのものではなかったように思う。何不自由のない生活を送る我々のすぐ隣で、貧しさのために人間としての尊厳を冒されている人々がいる現実こそを、ケン・ローチは描きたかったのではないだろうか。これは遠い国で起きている話ではない。今この時、目の前にある話なのだ。少し考えれば誰にでもその存在が理解できるはずなのに、我々はそうした人たちの存在から無意識に目を背けている。

 だからこの映画のクライマックスは、運動が成果を上げてみんなが大喜びする場面ではない。姉ローサからマヤに対し、自分がいかにして家族を養ってきたかを告白する場面こそが映画最大の山場なのだ。姉の衝撃的な告白に「私は何も知らなかった」と泣くマヤに、姉は「見えない振りをしてきたんだ」と言う。確かにそれは、少し考えればわかることなのだ。だがその「少し考える」という思いやりすら、人間はしばしば忘れてしまう。肉親ですら、家族のに思いやりをかけることができない残酷さ。

 映画のタイトルにある「バラ」とは人間の尊厳のこと。バラを咲かせるには、思いやりの心が不可欠なのかもしれない。

(原題:BREAD & ROSES)

2002年8月下旬公開予定 シネ・ラ・セット
配給:シネカノン
(2000年|1時間50分|イギリス、ドイツ、スペイン)

ホームページ:http://www.cqn.co.jp/

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