見えない嘘

2002/06/22 パシフィコ横浜
偽医者が妻と子供と両親を殺した実話を、犯人の視点から映画化。
事件そのものもかなり衝撃的だが、映画もすごい。by K. Hattori

 1993年、ジャン=クロード・ロマンという男が、自分の妻、ふたりの子供、自分の両親を殺し、自分も自殺しようとして失敗するという事件が起きる。この事件に取材して、『冬の少年』の原作者エマニュエル・カレールは「嘘をついた男」という本を書いた。それを『ヴァンドーム広場』のニコール・ガルシアが映画化したのが本作だ。ダニエル・オートゥイユが、主人公ロマンを演じている。その妻を演じるのは『パリの確率』のジェラルディン・ペラス。愛人役でデプレシャン作品の常連エマニュエル・ドゥヴォスが出演している。

 主人公のロマンは周囲に医師だと名乗っていたが、それは真っ赤な嘘だった。彼は医師の資格を持っていないし、どこの病院にも研究所にも勤めていない。彼は自分や妻の両親の資産を「投資の仲介をする」と称して使い込み、国際機関勤務の研究医にふさわしい生活を捏造していた。15年以上もの間、誰もそんなロマンの嘘に気づかない。この映画はロマンの生活が破綻するに至る最後の数年間を、スリルたっぷりに描いたサスペンス映画だ。

 「自分の夫には自分の知らないもうひとつの顔がある」というテーマは、ヒッチコックも好んで取り上げたサスペンス映画の定番だ。夫は殺人犯かもしれない。夫はスパイかもしれない。夫はテロリストかもしれない。夫は自分を殺すかもしれない。普通のサスペンス映画では、こうした疑惑を抱いた妻を主人公にして映画の緊張感を盛り上げる。だがこの『見えない嘘』の主人公は、人に言えない秘密を持った夫の側になっている。嘘がいつばれるか、生活がいつ破綻してしまうかという問題が、大きなスリルを生み出している。

 映画はこの主人公が、破滅に向かって一歩ずつ歩みを早めていく様子を描き出す。ロマンは破滅を恐れながらも、自分の嘘が何処かで発覚して、自分自身がこの虚偽の生活から抜け出ることを望んでいるフシがある。崖っぷちすれすれを歩く生活に疲れ切っている彼は、その断崖から下に飛び降りることで楽になってしまいたいとも思っている。だが彼は積極的にその一歩を踏み出すことはできない。破滅という「救済」が自分の身に降りかかることを、ただ待ち続けている弱い男なのだ。何度か訪れる破滅の危機。だがそれは、幸か不幸か何度も先送りされてしまう。嘘の上に嘘を積み重ねた彼の生活は、こうした危機回避によってさらに危険で不安定な要素を膨れ上がらせていくのだ。

 一種のサイコサスペンスだが、主人公ロマンの心の闇には悪魔や魔物が巣くっているわけではない。彼は精神を病んでいるわけでもないし、カルト宗教にはまって洗脳されたわけでもないし、幼少時のトラウマがあるわけでもない。彼の中に人と違う何かが“あった”から犯罪が生まれたわけではなく、むしろ彼には人に当然備わっているべき何かが“欠けていた”ようにも見えるのだ。それが何なのかはわからないのだが……。

(原題:L'Adversaire)

第10回フランス映画祭横浜2002
配給:未定
(2002年|2時間00分|フランス)

ホームページ:http://www.unifrance.jp/yokohama/

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原作:嘘をついた男(エマニュエル・カレール)
関連DVD:ニコール・ガルシア監督
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