アイリス

2002/06/17 松竹試写室
女流文学者アイリス・マードックと夫ジョン・ベイリーの愛の日々。
ジュディ・デンチのボケ演技は説得力がある。by K. Hattori

 イギリスの女流小説家アイリス・マードックは、「鐘」「切られた首」などの作品で読書家に知られた作家だという。精緻な文章で文壇の喝采を浴びた彼女だったが、'97年にアルツハイマー症であることが夫ジョン・ベイリーから発表され、'99年にこの世を去った。この映画はアイリスの死後、夫ジョンが書いた本を原作に、夫妻の半世紀近くに渡る生活を映画化したもの。晩年から死に至るアイリスをジュディ・デンチが演じてオスカー候補になり、夫ジョンを演じたジム・ブロードベントは本作で助演男優賞のオスカー像を獲得した。若い頃のアイリスを演じたのは『タイタニック』のケイト・ウィンスレットで、彼女もオスカー候補になっている。若いジョンを演じたヒュー・ボナヴィルの演技もすごい。

 映画は2つの物語が並行して描かれていく。ひとつは長年連れ添った老夫婦が、妻の病気と闘いながら最後の別れを迎える物語。もうひとつは若い恋人たちが、互いの生き方の違いを乗り越えて結婚にたどり着く話。一方の物語はコミュニケーションから死に向かい、もう一方の物語は相互理解から生き生きとした生と性の喜びを歌い上げる。一方が長年の共同生活で培った信頼が揺らぎ崩壊していく物語だとすれば、もう一方は互いの過去を知らない者同士が相手を信頼してひとつに結び合わされる物語。一方の物語の主人公たちは世界的に名の知られた有名人だが、もう一方の主人公たちは将来を嘱望されながらもまだまだ無名の若者たち。このまったく異なるカップルは、じつは同じ一組のカップルなのだ。アイリスとジョンの過去と現在。それがまったく正反対の方向に物語を引っ張りながら、映画の中で固く縒り合わせられていく。ふたつの物語は異なった音階を奏でているようにも見えるが、ふたつは組合わさって調和し、美しいハーモニーを奏でるのだ。

 老いたアイリスを演じるジュディ・デンチの芝居は、病気で物忘れが激しくなり、やがて日常の言葉や行動さえ奪われ、性格さえもが大きく変質してしまう様子をじつにリアルに表現している。夫のジョンがその様子にうろたえながら、それでもアイリスを守ろうとする健気さも感動的だ。だが僕はこうした夫婦の姿に共感したり同情したりする年齢でもないので、「いい話だなぁ」「素晴らしい夫婦愛だなぁ」と思いこそすれ、それに感動するというわけではなかった。若い頃のエピソードも、アイリスの行動はあまりにも自由奔放すぎるように見え、ジョンの行動はあまりにも寛大すぎるように見え、ふたりの恋物語も少々不自然なものに思えてしまった。これは映画のせいではなく、単に自分の感受性の問題。

 主人公たちの50年近い生活を描く映画だが、上映時間は1時間31分と非常にコンパクト。これは脚本の緻密さによるものだろうし、要点だけをつかんだ脚本に血肉を与えることに成功した出演者たちの演技があってのことだろう。監督はリチャード・エア。脚音はエア監督とチャールズ・ウッドの共作になっている。

(原題:Iris)

2002年秋公開予定 シネスイッチ銀座他・全国
配給:松竹 宣伝:楽舎
(2001年|1時間31分|イギリス)

ホームページ:http://www.shochiku.co.jp/

Amazon.co.jp アソシエイトDVD:アイリス
サントラCD:IRIS (SCORE) [US IMPORT]
原作:Iris (John Bayley)
関連リンク:ジョン・ベイリー
関連DVD:ジュディ・デンチ
関連リンク:アイリス・マードック
関連洋書:Iris Murdoch

Click here to visit our sponsor

ホームページ

ホームページへ