海は見ていた
2002/04/03 有楽町朝日ホール
山本周五郎の短編小説を黒澤明が脚色。監督は熊井啓。
話はもちろん面白い。だが音楽に興ざめ。by K. Hattori
故・黒澤明監督の遺稿シナリオを、『愛する』『日本の黒い夏/冤罪』の熊井啓監督が潤色・監督した時代劇。原作は黒澤明が愛した大衆作家・山本周五郎。やはり黒澤の遺稿を映画化した『雨あがる』や、黒澤も脚本作りに参加している『どら平太』も山本周五郎原作だったし、黒澤本人も『椿三十郎』や『赤ひげ』といった映画を撮っている。今回は短編「なんの花か薫る」と「つゆのひぬま」をあわせて、ひとつの物語に仕立てているという。製作は日活とソニー・ピクチャーズエンタテインメントを中心とした製作委員会方式。配給もこの2社が協同で行っている。日活は今年で創立90年にあたるそうで、本作はそれを記念する作品なのだ。
物語の舞台は、江戸時代の深川にあった岡場所(私娼街)だ。すぐ目の前に芦原が広がり、そのすぐ向こう側には海が見える。官許の吉原に比べると、非公認の遊里である深川の格はずっと落ちる。吉原の太夫のような高級娼婦は、深川には存在しないのだ。しかしその分、遊女たちの管理も比較的ゆるやかで、馴染み客や遊女同士の交流も濃密だ。少なくともこの映画の中では、そのような場所として深川が描かれている。主人公はそんな深川で働くふたりの遊女。かつては吉原で働いていたのに、流れ流れて深川まで落ちてきた姐さん格の菊乃(清水美砂)。若くて器量よしだが、すぐに客に同情して惚れ込んでしまうのが玉に瑕のお新(遠野凪子)。ある晩店に、ひとりの若侍(吉岡秀隆)が飛び込んでくる。喧嘩で人を切って追われているというその侍は、お新の部屋に匿われて一夜を過ごす。それから若侍は足繁く店に通ってお新に会うようになり、菊乃ら店の女たちもふたりの仲を応援しようとするのだが……というのが物語の前半。
僕は熊井啓の最近の映画をまったく評価していないので、今回の映画にも黒澤脚本という以上の期待はしていなかった。セットや衣装など美術の仕事はかなり力が入っているけれど、登場する女たちが誰ひとりとして眉も落としていない、お歯黒も付けていないというのは、いささか画竜点睛を欠くと思う。物語の導入部は空撮風の江戸前景からカメラがズームして深川の遊郭に入っていくというものだけれど、池波正太郎が「江戸のベニス」と評した賑やかさや華麗さのかけらも、この導入部から感じることが出来なかったのは残念。映画冒頭のミニチュアセットは、どうも規模が小さいような気がする。映画の舞台になっている岡場所は、旧州崎遊郭のあたりにあったはずなんだけどなぁ……。
こうした細かいことより僕がこの映画を残念だと思うのは、ここぞという見せ場になると、ドラマの背景にだらだらと音楽が流れはじめるところ。どんなに緊張感のある芝居も、この音楽でぶち壊しになってしまう。特に遠野凪子と永瀬正敏のエピソードは、音楽が邪魔っけでしょうがない。監督は自分が演出した芝居に自信がなくて、こうした音楽を付けているのではないだろうか。遠野凪子ががんばって芝居をしているだけに残念すぎる。
2002年6月公開予定 渋谷東急他・全国松竹東急系
配給:日活、ソニー・ピクチャーズ 宣伝:メイジャー
(上映時間:1時間59分)
ホームページ:http://www.umiwamiteita.com
DVD:海は見ていた
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