スローガン

2001/10/31 オーチャードホール
共産主義政権下の'70年代アルバニアを舞台にしたドラマ。
小学校教師の目を通して共産主義の非人間性を描く。by K. Hattori

 1970年代後半のアルバニア。山間部の小さな村にある小学校に、新任教師のアンドレが赴任してくる。だが彼がそこで出会ったのは、山の斜面に白く塗った石で政治スローガン(政治標語)を掲揚することに熱中する大人たちと、決められたスローガン制作にかり出されて勉強もままならない子供たちの姿だった。スローガンの制作はクラスごとの分担作業。割り当てられるスローガンが長いか短いかが、子供たちにとって最大の関心事だ。石を集め、山の斜面に溝を掘り、石を埋め込み、その表面を白く塗る。スローガンは定期的に作り替えられるし、雨で流されたり家畜に踏み荒らされたスローガンはすぐに修復しなければならないのだ。

 共産主義社会の不条理を描いた作品だが、その切り口を「小学生によるスローガン制作」にした点が面白い。小学生たちはスローガンの意味には何の興味もない。彼らが興味を持つのは、そのスローガンが何文字で構成されているかという点だけだ。共産主義社会が持つ内容の伴わない形式主義を、これほど象徴しているものはない。スローガン作りに忙殺されて本来の授業がままならなくなっている学校生活や、スローガン作りを利用して露骨なセクハラ行為を行う男たちも登場する。共産主義はひとつの「思想」なので、それを批判しようとしてもなかなか目に見える「絵」にはならないが、この映画では「スローガン作り」に共産主義の矛盾や官僚主義や不条理や非人間性のすべてを象徴させている。

 この映画では主人公たちのいる小さな村が、周囲から孤立した小さな世界として描かれている。孤立した世界だからこそ、その中で権力を持つ者は専制君主のような絶対的権力を振るうことができる。これは当時のアルバニアという国そのものを、この小さな村の姿とダブらせているのだろう。アルバニアは民族のるつぼバルカン半島の南西岸にある小さな国だが、第二次大戦中に共産党がドイツ・イタリアを相手に抵抗運動を続け、戦後は共産国家として念願の独立をはたす。東欧諸国のほとんどがソ連の影響下にあった冷戦時代、アルバニアは'61年にソ連と断交し、その後ワルシャワ条約からも脱退。中国との親密な関係も'70年代後半には消滅して、一種の鎖国状態に入り込む。この映画の舞台になっているのは、その鎖国時代に足を踏み込もうとするアルバニアだ。

 共産主義社会では、社会全体がまるで刑務所のようになっている。スローガンの制作は苦役そのものだ。村人たちは貧しい生活の中で、互いの生活を監視し、気にくわない者はつるし上げの人民裁判にかける。女性教師との交際をとがめられた主人公が、「強制労働」のために農場に送り込まれる場面があるが、この農場での暮らしの方がよほど人間らしい営みに見えるという皮肉。

 アルバニアの共産主義体制は'92年まで続いた。この映画に描かれている光景は、ほんの一昔前までアルバニアに実在したのだ。アルバニアは民主化後の今も、社会的・経済的な混乱が続いている。

(英題:Slogans)

東京国際映画祭・コンペティション部門
(上映時間:1時間34分)

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