ホタル

2001/05/07 東映第1試写室
高倉健の発案で高倉健のために作られた映画だが……。
作り手の意図が空回りしている気がする。by K. Hattori

 大ヒット作『鉄道員(ぽっぽや)』と同じ、高倉健主演の降旗康男監督作品。東映の創立50周年記念作品として並々ならぬ意気込みで製作された映画で、映画完成前から「すごくいい!」という噂が先行していたのだが、僕にはだいぶ物足りない作品のように思えた。僕は『鉄道員』も物足りなく感じたけれど、この映画に比べたらまだ面白く観られた。戦争の記憶や昭和という時代を、主人公たちの夫婦愛を軸にして庶民の視点から描いた作品だが、風呂敷を大きく広げたわりには肝心の中身がスカスカだと思う。これは脚本云々の問題ではなく、たぶん配役や芝居や音楽や編集なども含めた演出全体の問題のような気がする。同じ脚本でも別のキャストで別の監督が演出すれば、また違った作品になるのではないだろうか。もちろん脚本にも未整理な部分は多いのだが、映画を観ていて「いい場面、いい台詞なのに、なんでこんな撮り方しちゃうんだろう」と思う場面が多すぎる。いい素材を手際の悪い料理でダメにしてしまったような印象。これはちょっと、もったいなさ過ぎる。

 物語は昭和64年1月、激動の「昭和」が天皇の死によって幕を閉じたその日から始まる。主人公の山岡秀治は鹿児島の漁師で、元特攻隊員という経歴の持ち主。彼は昭和の終わりを、妻とふたりで乗り込んだ船の上で迎える。同じ頃、戦争中に山岡の戦友として同じ特攻部隊に所属していた藤枝洋二は、昭和の終わりを雪の八甲田山で迎える。ここからふたりの男は昭和と戦争を回想し、自らの気持ちに決着をつける心の旅を始めるのだ。

 映画の序盤から「昭和最後の日」「戦争の記憶」「特攻隊の生き残り」などのモチーフをずらりと並べておきながら、映画のほとんどは主人公夫婦の他愛のない夫婦愛の話になっている。もちろんこの夫婦像はそれなりにきちんと描写されており、描かれている夫婦愛を「他愛のない」と表現するのはいささか失礼かもしれない。しかし戦争や昭和というテーマと夫婦愛の物語のからめ方に、この映画はいささかいびつなところがあるのではないだろうか。主人公夫婦は戦争や特攻によって、青春時代に大きな心の傷を負った者同士だ。戦後40年以上の時がたって、今では穏やかな生活を送っているように見えるふたりの人生も、戦争の記憶と強く結びついている。しかしこの映画は、それをうまく描き切れていない。どこか根本的なところがずれている。

 何らかの形で太平洋戦争(大東亜戦争)を肌身に知っている世代の人なら、この映画に何らかの共感が持てるのかもしれない。映画を観る者の持つ「戦争の記憶」によって、この映画の主人公たちとその観客は強く結びつくことができる。でもこの映画は、戦争を知らない世代に戦争の記憶を語り継ぐことが目的ではないのか。だとしたら観客側の「戦争の記憶」に依存しなければならないこの映画は、当初の目的に失敗した作品なのではなかろうか。作り手の思い入れがものの見事に空回りしている作品に思えて、ちょっと痛々しいほどだ。

2001年5月26日公開予定 全国東映系
配給:東映
ホームページ:http://hotaru.toei.co.jp/


ホームページ
ホームページへ