ふたりの人魚

2000/12/07 TCC試写室
上海を舞台にした中国のインディーズ映画。
ヒロインのジョウ・シュンが可愛い。by K. Hattori


 上海の路地裏にうごめくチンピラたちの世界を描く、中国のインディーズ映画。独立営業のビデオ撮影屋として、裏の社会ともつながりを持つ男が物語の案内役。映画はこの男のナレーションと一人称のカメラで進行し、この男本人はついにカメラの前には現れない。彼はバーの水槽の中で人魚の扮装をして泳ぐメイメイという若い女と知り合い、あっという間に恋に落ちる。だがふたりの前にマーダーというバイク便屋の若い男が現れ、メイメイは彼の昔の恋人ムーダンだと言い張る。こうして語り手の男とメイメイ、マーダーとムーダンという本来なら別々のラブストーリーになるべき物語は、「メイメイ=ムーダン」という謎を軸にして、不思議な三角関係へと発展して行く。今年のロッテルダム映画祭で、グランプリに相当するタイガー・アワードを受賞した作品。監督のロウ・イエは中国映画の第6世代にあたる監督だそうだが、僕自身はこの「第○世代」という言い方がまったくよくわかっていなかったりする。中国では未だ上映許可が下りていない映画だが、アメリカやヨーロッパをはじめ世界23カ国での一般公開が決まっているらしい。

 メイメイとムーダンを一人二役で演じているのはジョウ・シュン。中学生か高校生ぐらいにしか見えないあどけない少女ムーダンが、恋することで一足飛びに大人になってしまう様子。謎めいた表情で周囲を幻惑する、メイメイの大人の女の雰囲気。自分の感情を素直に表に出し、周囲に対してあまりにも無防備なムーダン。過去に沈黙し、現在についても詳しく語ることなく、常にどこかに謎の部分を残すメイメイ。「お前はムーダンだ」と言うマーダーを軽く受け流すメイメイの反応も、どこか謎めいている。ビデオ屋の男はひたむきなマーダーの出現により、メイメイがムーダンに戻って自分から去っていくことを恐れる。マーダーはビデオ屋の男の存在が、ムーダンが自分のもとに素直に戻れない理由だと考える。蘇州河の人魚やペーパータトゥといった共通項も、ムーダンとメイメイの同一性を補強していく。ここまで状況証拠があっても、メイメイは素知らぬ顔を続けて男たちを翻弄する。一体彼女は何を考えているのか?

 映画の最後にはあっと驚く結末が用意されているのだが、それは映画を観てのお楽しみ。原題になっている『蘇州河』や、そこを行き交う船からの視点が、物語の重要なアクセントになっている。ビデオ屋の男の一人称カメラとモノローグを多用することで、逆に映画を観る者と対象との間に距離感が生まれる不思議さ。おそらく恋愛感情というのは言葉にできない不可思議なものであるはずなのに、それを男の一人称カメラやモノローグが理性的に解剖していってしまうことが原因だろう。男のナレーションは常に醒めている。どんなに動揺し、狼狽しているように見える場面でも、そんな自分自身を冷静に観察している男が、カメラに写らない場所にちゃんといる。最後に浮かび上がるのは、カメラフレームから逸脱しない人生を選んだビデオ男の孤独かもしれない。

(原題:蘇州河 SUZHOU RIVER)

TOKYO FILMeX200 コンペティション参加作品
2001年陽春公開予定 テアトル池袋
配給:アップリンク


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