ウィンタースリーパー

2000/11/24 映画美学校試写室
『ラン・ローラ・ラン』のトム・ティクヴァ監督作品。
悪意なき人間たちが生み出す悲劇。by K. Hattori


 ドイツの映画監督トム・ティクヴァが、大ヒット作『ラン・ローラ・ラン』の前年に製作した長編映画。『ラン・ローラ・ラン』はエピソードがパズルのように組合わさった一種の脱出ゲームで、ゲームに失敗すると一度すべてをご破算にして最初からやり直すというアイデアが面白かった。テクノ系の音楽に合わせて、ヒロインが猛スピードで走り続けるというテンポのよさも印象に残る。しかしこのテンポは、どうやら前作『ウィンタースリーパー』とは180度逆のことをやろうとした結果らしい。『ウィンタースリーパー』もエピソードがいくつも積み重なって最後に思いもかけない結末が訪れるところは同じなのだが、『ラン・ローラ・ラン』に比べるとテンポは極端にゆっくりだ。上映時間は2時間2分。音楽にもアルヴォ・ペルトの既成曲など、テンポがゆったりとしたものを使っている。『ラン・ローラ・ラン』を面白いと思った人が、それと同じ面白さを期待してこの映画を観ると、少しびっくりすると思う。

 僕はビリヤードをやらないのだが、映画の中でビリヤードのシーンが出てくると、白玉がバウンドしながら色とりどりの玉にぶつかり、次々ポケットに落としていく妙技にびっくりする。『ウィンタースリーパー』もまさにそういう映画だ。映画の冒頭で、まず登場人物がすべて紹介されてしまう。それぞれの持ち場に、登場人物がきちんと並べられる。やがて物語はゆっくりと動き始めるのだ。ある人物が動き、別の人物に働きかけ、その人物がさらに別の人物と接触し、意外なところで意外な人物が再登場し、もともと離れていたところにいたはずの人物が接触する。エピソードの結節がゆるく、物語のテンポもゆっくりしているので、登場人物たちの先行きがまったく読めない。しかし最後には、すべてが収まるべきところにぴったりと収まってしまう。

 この映画の中で白玉の役目を果たすのは、記憶障害を持つレネという男。頭に受けた傷がもとでつい最近の記憶が曖昧になってしまう彼は、小さなカメラと録音機を持って街を歩く。写された写真を見たり録音を聞きながら、彼は前日の記憶を再構成していくのだ。ところがそんな彼に、ある日空白の数時間が生じてしまう。その空白の間に彼が起こしたイタズラ心と小さな事故が、その後の人間たちの運命を大きく狂わせていくのだ。

 この映画の中には悪人が登場しない。だらしない人間も、弱い人間も、障害を持った人間も登場するが、どの人物にも明確な悪意というものはない。ここで起こる悲劇は、運命の星の巡り合わせのようなものだ。事態を複雑にしているのはレネというトリックスターの存在だが、はたして彼が一連の問題についてどれほどの責任を有しているのかと問われると、じつはよくわからない。物語の結末も明確に見えるようで、じつはひどく曖昧だったりする。本当に物語はこれで終わったのか? まだいくらでも先があるのではないか? 残尿感のような気持ち悪さが、映画を観た後でもずっと後を引く。

(原題:Winterschlafer)

2001年2月公開予定 渋谷シネ・アミューズ
配給:NSW


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