ファストフード・ファストウーマン

2000/11/20 映画美学校試写室
ニューヨークのダイナーで働くウェイトレスの物語。
登場人物が魅力的。面白い。by K. Hattori


 主演女優のアンナ・トムソンは沢山のハリウッド映画にも出演しているが、生憎僕の印象にはほとんど残っていない人だった。プレス資料で『許されざる者』の顔を切られる娼婦役だと知って、ああなるほどと思った程度。監督・脚本のアモス・コレックに至っては、この映画が日本初紹介。アンナ・トムソンとコンビを組んだ前作と前々作がそれなりに高く評価されているようだが、どんな映画なんだかさっぱりわからない。(この『ファストフード・ファストウーマン』がヒットすれば、日本でも公開してくれるかなぁ。)ほとんど知らない女優とまったく知らない監督が作ったインディーズ映画だけれど、これがなかなか面白かった。

 主人公はニューヨークの小さな食堂で働くベラという女性。もうじき35歳の誕生日を迎える彼女は、親子ほども年の違う妻子持ちの舞台演出家と10年以上も不倫関係にある。そろそろこの関係をスッキリさせたいのに、彼は「あと2,3年待ってくれ」の一点張りで10年も逃げ続けているのだ。どうも誠意が感じられない。でもこの関係をすっぱり断ち切って再出発するほどには、ベラも若くはないのだ。そんなとき母親の紹介で、ベラはひとりの男性とデートをする。売れない小説家で、普段はタクシーの運転手をしているブルノという男。彼は別れた妻が子供を残して駆け落ちしたことから、彼女の子供を押しつけられて四苦八苦している。

 物語はベラを中心に、ブルノや食堂の常連客である老人たち、ベラの友人の娼婦などをからめて進行する。主人公はベラだが、周辺人物にもそれぞれのエピソードが振り分けられていて、各人各様の人生が垣間見えるという構成だ。舞台はニューヨークだが、ここにはビジネス街を闊歩するエグゼクティブも、高級マンション暮らしの金持ちも登場しない。食堂のウェイトレス、売れない小説家、年金暮らしの年寄り、子供を抱えた娼婦、ストリッパー、薄暗い路地をねぐらにする路上生活者などが物語の主役だ。こうした雑多な人々の織りなす世界が、じつに豊かな表情を持った楽しいものとして描かれる。

 人間は誰だって、多かれ少なかれ自分の生活に不満を持っている。今ある状態は自分にとって不幸で、そこから抜け出せば幸福になれるのではないかという幻想を持っている。でもいざそうした状態から抜け出せるチャンスが来たとき、尻込みしてしまうのも人間なのだ。報われない恋にピリオドを打つべきだと思いつつ、なかなか踏ん切りが付かないベラ。いつまでもエロ話に興じて若いつもりでいる老人たちも、いざ目の前に女性が現れると、どうしていいのかわからずオロオロしてしまう。この映画は目の前のチャンスに向かってささやかな一歩を踏み出せない臆病な人間たちに、じつに優しい目を向けている。愚図で臆病な人間たちを、どれも愛すべき人々として描いている。ヒロインに突然大きな幸運が巡ってくるのは、彼女がすべてを捨てて、大きく前に一歩を踏み出したからだろう。大人のファンタジー映画です。

(原題:Fast Food Fast Women)


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