ザ・セル

2000/11/16 メディアボックス試写室
連続猟奇殺人犯の心の闇を圧倒的迫力で映像化。
映像はすごいが、物語が弱い。by K. Hattori


 女性を誘拐して特殊な水槽の中で溺死させ、遺体を漂白して捨てるという連続猟奇殺人事件が発生する。遺体に付着していた犬の毛が手がかりになって犯人はあっけなく逮捕されるが、精神障害を持つ犯人は昏睡状態に陥り永久に目を覚ましそうにない。最後に誘拐された被害者は、生きたままどこかに監禁されているはず。手がかりはなく、犯人も意識不明では打つ手がない。そんなとき、警察はある心理学研究所の助けを求める。そこでは特殊な装置を使って、心理学者が精神病患者の心の中に入り込むという実験を行っていた。

 心を病んだ犯人による猟奇犯罪というモチーフは、ヒッチコックの『サイコ』以来、数え切れないほど映画の中に登場している。しかしなぜ犯人が心を病むに至ったか、病んだ心がなぜ犯罪を起こさせるのかというメカニズムに迫る映画はあまり多くない。『サイコ』はそれを行っていたが、最近の映画は「犯人は異常なのだから、その動機が正常な人間にわかるはずがない」という結論に落ち着いているものが多い。見せ場は猟奇殺人のグロテスクなディテールであって、犯人の動機などは二の次なのだ。映画は「絵」で物事を語らなければならない。心の動きがなかなか「絵」にしにくいことも、このジャンルの映画から犯人の心理が排除されていく原因になっているのだと思う。しかしこの『ザ・セル』という映画は、猟奇殺人のグロテスクさと犯人の動機を、どちらも「絵」として描こうとする野心作だ。

 犯罪とその捜査を描いた映画だが、犯人はあっという間に逮捕されてしまう。この映画の見せ場は、病によって大きく歪んだ犯人の心の迷宮を、ヒロインがたったひとりで旅する部分にある。現実に適応できず、心の中に自分だけの王国を作り上げている犯人。その中に辛うじて残されている現実との接点の中に、行方不明になっている女性の行方を示す手がかりがあるかもしれない。だがその狂気の王国のあまりの強烈さに、ヒロインは現実を見失ってしまう。自分の目的や役目を忘れ、彼女は狂気の王宮の中で虜囚となってしまうのだ。圧倒的なビジュアルイメージを持つこの悪夢の王国こそが、この映画最大の見どころ。『ドラキュラ』のコスチューム・デザインを担当した石岡瑛子が、悪夢の世界の登場人物たちを見事に描き出している。他のセットのデザインやCG処理なども、スケールの大きさとディテールの繊細さが組み合わせられた、独自の世界観を作り出している。

 ただしこうした映像は、CMなどで結構見たことがあるものだったりする。この映像に相応しい物語がなければ、せっかく作った映像の迫力も生きてこない。ジェニファー・ロペス扮するヒロインの精神的な葛藤や成長ぶり、ヴィンス・ボーン演じるFBI捜査官の心の内など、掘り下げられる要素はまだまだたくさんあったと思う。これが初の長編映画になるターセム監督は、これまで作ってきたCMやミュージック・ビデオの世界を一歩も抜け出していないと思う。映画としては物足りないぞ。

(原題:THE CELL)


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