ザ・カップ
夢のアンテナ

2000/11/15 メディアボックス試写室
ワールドカップ中継に夢中になる亡命チベット僧たち。
楽しい映画の底には亡命の苦しさがある。by K. Hattori


 インドに亡命しているチベットのラマ僧(チベット仏教の僧侶)たちが、ワールドカップ・サッカーの中継に夢中になるというホノボノ系コメディ映画。監督のケンツェ・ノルブはブータンにいるチベット仏教の高僧で、ロンドン留学中に映画に出会い、ニューヨークのフィルム・アカデミーに2週間通い、ベルトリッチ監督の『リトル・ブッダ』にアドバイザーとして参加したという。そこでプロデューサーのジェレミー・トーマスと出会い、今回の映画ができたという。監督が僧侶で、物語の舞台は寺院、出演者は現役の僧侶たちばかり。これはおそらく、究極のエスニック・ムービーでしょう。

 チベットやチベット仏教、中国の侵略とダライ・ラマの亡命については、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』などの映画にも描かれているし、ダライ・ラマがノーベル賞を受賞したこともあって、いろいろなドキュメンタリー番組でも取り上げられていた。そこではチベットが悲劇の国として描かれ、亡命したチベット人たちが不便な生活の中で信仰と文化を守ろうとする姿が、じつに立派なものとして描かれる。これはこれで当たり前の話。でもこの『ザ・カップ/夢のアンテナ』という映画は、そうした映画やドキュメンタリー番組からは切り捨てられてしまう、僧院での別の生活を描いている。僧侶たち、特に若い僧侶たちは、出家しているとはいえ元気いっぱいで活動的だ。コーラの空き缶でサッカーをしたり、お勤めの最中に無駄話をしてしかられたり、居眠りをしたり、夜中に僧院を抜け出してサッカー中継を見に行ったりする。こうしたエピソードは、すべて僧院で実際に起きた実話をもとにしているという。

 ブータンやインドでラマ僧が観ている映画はほとんどがインドの娯楽映画だというが、この映画はそうした映画より、ヨーロッパやアメリカで作られる、ごく普通の娯楽映画の枠組みに収まる映画になっている。非常に特殊な世界を描いているが、映画の語り口に特殊なところがまったくなくて、非常に観やすいし感情移入しやすい。理解できないところがひとつもないのだ。映画に描き込まれた僧院生活のディテールがいちいち興味深い。僧侶たちの衣や袈裟の着付けがどうなっているかとか、バター茶の作り方とか、旅人に振る舞うバター入りのソバガキみたいな食べ物とか、僧侶たちの個室の様子とか、どれを観ても興味津々。チベットとインドのラマ僧院で、入浴習慣が違うというのも「へ〜」と思ってしまう。知らないことがわかるって楽しい。よくわからなかったのは、僧侶たちがどうやって現金収入を得ているのかという部分だった。これさえあれば完璧だったんだけどなぁ。

 楽しい映画である一方、この映画は中国のチベット侵略と不当な支配に抗議する映画でもある。チベットから命からがらインドに逃げてくる人たちの話が出てくる。若い僧侶たちのほとんどは、自分たちの故郷であるチベットを見たことがない。僧院の老院長が、いつでもチベットに帰れるようにと荷造りしている様子が寂しげです。

(原題:PHORPA / THE CUP)


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